第10話 休日デート?後編
「コレとか可愛くない?きっと海ちゃんに似合うと思うよ」
「なんというか……だいぶ肌の露出が多いように思うんだけど」
「そうかなぁ。じゃあこれは?」
「うーん……私には少し可愛すぎるような気もするな」
眼前で、美少女二人が洋服を合わせながらキャッキャウフフしていた。
これが長内さんなら「眼福眼福。これで白米二合はイケる」とか言いそうなシチュエーションだけど、心から楽しめていない自分がどこかにいた。
そうさせていたのは、やはりあの時の海の表情だった。
「ねぇまーくん」
やっぱり男は顔なのかなぁ――
「おーい真魚君」
学力と顔面の偏差値って比例するのかな?
そういえばジョニーズって頭も良かったような……。
「えい」
「ひゃっ!?」
履歴書の趣味、特技欄に、「ネガティブ」と書けるほどのマイナス思考がさらに思考の泥沼にはまっていると、麦穂が僕の弱点である脇腹を突いてきて驚かしてきた。
ただでさえ女物の店なのに、そんなとこで男の僕が変な声を出したもんだから、周囲から不審者を見つめるような冷たい視線が集まる。ほんとごめんなさい……。
「もう!どうしたの?ボーっとしちゃってさ」
「あのさ、イケメンってそれだけで勝ち組だよな」
「は?いきなり何言ってるのよ」
「何って、僕はそれを嫌ってほど痛感させられたのさ。てうか海はどこに行ったの?」
「今は試着室だよ。私が見繕った洋服に着替えてるんだ。それより、私でよかったら話を聞くよ?何か悩みごとでもあるんでしょ」
「……やっぱ麦穂にはバレてたか」
「そりゃそうだよ。だって私が一番まーくんのことわかってるもん」
そんなキラキラした眼で恋愛マンガのなかのこっ恥ずかしいセリフみたいなこと言われたら、大抵の男はイチコロなんだろうな――
こういうときの可愛い幼馴染って反則だと思う。
無防備に顔を近づけてくるし、なんか普段しない良い匂いがするし、僕も一応男子なんだけど。
不覚にもドキッとさせられたことは伏せておこう。
たぶんこの光景を同級生に見られたら粛清ものじゃないかな。
一審二審すっ飛ばしての最高裁判決は
「ありがとな。麦穂」
別に他意もなく幼馴染にそう返すと、何故か麦穂は顔を赤くして目を逸らしてしまった。
どうしたんだろ?
「それでさ、悩みって何よ」
「うん。実はね――」
それから、僕は麦穂に例の悩みを相談した。
すると、分かりやすいほどに溜め息を吐いてからジト目で睨まれてしまった。
解せぬ。
「私にそれを相談するかな、普通」
それはそっちが話せって言うから話したんだろ、とは言えない。経験上雷が落ちてくること間違いなしだからね。
「そりゃあ、さっきのジョニーズみたいなアイドルと比べるのは酷だけどさ」
酷なんですか。そうですか。
「人間って顔で決まるものじゃないと私は思うけどな」
「でも顔面偏差値は歴然としてますよね……」
「そういうことを言いたいんじゃなくて、人の好みなんて人それぞれなんだからさ、どこかにまーくんの顔が好きな人だっているかもしれないじゃん!」
「じゃあ麦穂は俺のこと(顔)どう思ってるんだよ」
「うぇっ!?え、えっとー……嫌いじゃないよ……」
「なんだよー曖昧な答えだな」
「もういい!ほら、海ちゃん着替え終わったよ」
なんだかより顔を赤くさせている麦穂に促されるまま試着室に眼を向けると、女神が立っていた。
春にぴったりなパステルカラーのミニスカートを、大事なので二度言う。パステルカラーのミニスカートを翻すように披露する海が、自分の行為に少し恥ずかしそうに笑っていたのだ。
オフショルダーのトップスから覗く肩を見て、つい「おっふ」とよくわからない声が漏れる。
「あはは……薄い布切れ一枚だとここまで心許なくなるものなんだね。私の心は着替えてから揺れ動きっぱなしだよ」
「足細いとは思ってたけど、すごくスカート似合ってるよ!ね、まーくんもそう思うでしょ?」
だから急に振るなって。僕のアトリブ力を舐めるなよ。
「に、似合ってるんじゃないかな?麦穂よりは足細いよ」
「そっか、ありがとう。でも、他人と比べるのはどうかと思うな」
いくらかトーンが低い海の視線は、僕に迫る脅威を見つめていた。
「どうせ私は足が太いですよ!」
「へ?」
あちらを立てればこちらが立たず――
顔を真っ赤にさせた麦穂の平手打ちが、愚かな僕の頬に飛んできたのは言うまでもない。
それからショッピングモールのなかをぐるぐる回巡り続け、女子のバイタリティーに驚かされつつも、いつの間にかお昼になっていた。
休日ということもあってか、どこの飲食店も混みあい、やっと三人分の席を見つけた頃には僕の足はすっかり棒になっていた。
もう一歩たりとも歩きたくない。
なんで僕より細い海の方がピンピンしてるのか不思議なくらいだ。
小声で尋ねると、
「あんまり見くびらないでほしいな。こう見えても山道を歩いていたお陰で足腰は鍛えられてるんだから」と反論する。
確かに海の体は細いとはいっても、しっかりと筋肉はついていたのは確かだった。
お風呂場でみたときも――つい湯煙の向こうの裸体を回想していると、僕の頭を覗いているように海がこちらを見つめていた。
「真魚君。なにか疚しい事でも考えてないだろうね」
「キノセイジャナイカナ?」
上ずった声で誤魔化そうと試みていると、急に店内が騒々しくなった。
「うっそ。ジョニーズが来ちゃったよ。そりゃうるさくもなるね」
麦穂が言う通り、突如として現れたアイドルに、店内の(特に若い女性)客達は、こぞって群がっていた。
彼女らをそこまで突き動かすものがなんなのか、僕にはさっぱりわかりかねるけど。
「たぶんララポールで撮影でもしてたでしょ。ジョニーズが出演すると視聴率だけは良いからね。それで昼時の主婦層を取り込むためにランチの画でも取りたくてこのお店に来たとかそんな感じじゃない?視聴率だけは良いからね」
「まーくんの言う通りかも。ジョニーズ使えば極論番組がつまらなくても視聴率だけは良さそうだもんね」
笑顔でファンに対応する爽やかスマイルは、陰キャの僕には暴力的な攻撃力を兼ね備えていた。
吸血鬼が陽の光りを浴びるとこんな感じに苦しむのかもしれない。
まさか陽側である麦穂まで僕の会話に乗ってくるとは思わなかったけど、二人して結構失礼な会話に花を咲かせていると、いつの間にか僕たちのテーブル席の正面に、高身長のイケメンが立っていた。
「ぶっ!!」
「ちょっとまーくん汚い……えっ!?なんで?」
僕が口に含んでいたミートソースを吹き出すのも、麦穂が驚いて仰け反るのも無理はなかった。
何故ならそこには先程まで笑顔でファンに対応していたジョニーズの一人――名前なんだっけ?
困った僕はアイコンタクトで幼馴染に尋ねると、
「ジョニーズで一番人気の……なんだったっけ?実はあんまり詳しくないんだよね」
「銀河流星だよ。もちろん知ってるだろ?」
アハハ、と笑う麦穂に広角をひくつかせて訂正したのは、ジョニーズの一人――銀河流星とやらだった。
「それもりも……君、名前は何て言うの?」
自分の武器がその顔面だと理解しているのだろう。
回りに女性ファンが山のようにいるというのに、一切気にする様子を見せずに顔を近づけて尋ねた相手は――
「空乃海ですが……なんですか?」
なんと海であった。すぐ隣には僕がいるというのに、まるで視界に写りこんでいないような、あくまで自然に無視をされていた。
なんだコイツ。失礼極まりない奴だなと、完全に敵認定していると、
「おーい流星!なにしてんだよ行くぞ!」
ジョニーズのメンバーがタイミングよく銀河に声をかけたため、銀河は舌打ちをしてその時は大人しく去っていった。
「また会おうね。海ちゃん」
去り際にプライベートの連絡先をそっと書き残すという、キザったらしい真似をして――
それから僕はずっと悶々としていた。
たぶん何を聴かれても上の空だったと思う。
「どうしたんだい?家に帰ってきてからもずっと機嫌が悪いじゃないか」
ベットで横になっていると、両ひじをついて海が聞いてきた。
「別に。ちょっと疲れただけだよ」
顔を見られたくない一心で背中を向ける。
まさか、銀河の連絡先をそのまま受けとると思わなかったし、あの男の背中をずっと目で追ってるのをみて、まさか嫉妬していたなんて言えるわけない。
もういいや……夕飯まで寝てよう。
不貞腐れていると、背中に声をかけられた。
「安心しなよ。私の方から連絡を取ることはないからさ」
「え?あのジョニーズが相手なのに?どうしてだよ」
意図も容易く振り向いてしまった。
僕ってチョロいのかも。
「だってさ、回りの女性があれだけ騒ぐものだから、どれ程の男性なのかよーく観察してたんだけど、彼の中身がまったく見えなかったんだよ。身なりがどれだけ優れていたとしても、肝心の中身が空っぽじゃあ私はなんとも思わないしね」
「そ、そっか……」
どうやら僕の心配事は杞憂に終わったようだで、
ホッと胸を撫で下ろすと、大事なことを思い出した。
「そうそう。これあげるよ」
起き上がって、サプライズに渡そうと思っていた小さな箱を手渡す。
「これは?」
「えっと、サプライズプレゼント?」
蓋を開けて恐る恐る手に取る。
「身に付けてても恥ずかしくないものが良いかと思って、ネックレスにしたよ」
「ありがとう……だけど、受け取れないよ」
「え!?なんで?」
そんな……僕のプレゼントは気に食わなかったのか。
「だって……これ十字架じゃないか!よりにもよってキリスト教なんて、真言宗の開祖の名が泣くよ!?」
「わ、わ、ごめん!!」
初めて見る海の怒った顔は可愛かった。
そんな感じで休日デートは幕を閉じたのだった
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