第9話 休日デート?前編
午前の授業が終わると、決まったように席を移動し始める。
僕はこれまでお昼休みになると、決まって声をかけてくる麦穂と一緒に弁当を食べていた。
だけど、最近はその輪の中に海が混じって、僕と麦穂と海の三人という奇妙奇天烈な組合せが殆どなのだが――
(ソライロ……ユルサネェ)
うん。もういい加減慣れたと思っていたけど、やっぱ
新学年が始まって一ヶ月以上経つけど、僕みたいにさして記憶力がよくないとしても、クラスの男子の顔を把握するくらいには時間に余裕はあった。
今も運動部に所属している陽キャの方々や、僕と同じ日陰に属する級友が、親の仇のように視線の集中砲火を僕に浴びせ続けている。
まあ……逆の立場なら僕も同じことをしてたかもしれないし、ここは甘んじて責めを受け入れるつもりだった。
というか、そもそもこの二人の容姿がズバ抜けているのが悪い気がする。いや、実際悪いんだけれど。
曰く――空乃海は、誰から見てもおしとやかな、それは『立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花』を
日本から絶滅したと思われる大和撫子を具現化したような、THE和風美人だと誰しもが認めるが、その制服を一枚脱げば、その下は全くもっておしとやかではない。
まるで同世代とは思えない
では、僕の幼馴染の田処麦穂は土俵にも上がれないのかというと、僕が思ってた以上に評価は高く、劣勢どころか互角の勝負を演じていた。
海はどちらかというと、その高嶺の華のような雰囲気から、どうしても一部の女子に嫌われるタイプ(お姉様と慕う女子もいる)だった。
対して麦穂はというと、その屈託のなさから男子にも女子にも同じくらい人気があり、その陸上で鍛えた無駄の無いスポーティーな肉体と、逢いに行けるアイドルのような清純さを兼ね備えた美人だと、アイドル研究同好会(部員二人)の
幼馴染の贔屓目から見ても、太陽のような笑顔は十分に可愛いと思う。というか彼氏がいないのが不思議でなら無いのだけれど。
それぞれの
その二大巨頭の関係に変化があった。
僕と海が何でもない話をしていると、とにかく首を突っ込んできて会話に混ざるのだ。
よほど海と仲が良くなったらしい。
そのぶん僕は蚊帳の外になることも多かったけれど、ギクシャクしていた二人がこうして語り合うのは、二人の共通の知人として嬉しく思う。
仲良きことは良いことかな――と胸を撫で下ろしていると、
「海ちゃんって、引っ越してきたのに私服持ってないの?」
「そういえば着のみ着のまま越してきたからね。特に必要もなかったし、無くて困ることもないから良いかなって」
どうやら二人の会話は海のプライベートに移っていたらしい。
麦穂が驚くように、そういえば僕もその事をさりげなく尋ねたことがあったけれど、「こんな立派な仕立ての服があれば必要性を感じない」と、自ら着ている制服を一張羅といって
「でもさー。やっぱ年頃の女の子なんだし、可愛い洋服の一つくらい持っててもいいんじゃないかな?」
ナイスだ。麦穂。
「洋服を買うにもお金がかかるじゃないか。残念だけど、今自由に使えるお金を持ち合わせていないんだよ」
そういえば高野山の賽銭箱から掻っ払ってきたっていうお金は、こっちに辿り着くまでに見知らぬ誰かに譲ってしまったと言っていたような。
だけど僕も麦穂の言うように、やっぱ女の子には可愛い服を来てもらいたいなと思う側の男だし、それって至って普通の欲だよね?
一度は清楚なワンピース姿を拝んでみたいなぁ……。
「まーくんも海ちゃんの私服姿を見てみたいよね?」
「へ?あ、ああ、うん。そうだね」
突然飛んできた麦穂の質問に、なんともハッキリとしない答えを返してしまった。
それを聴いた海はニヤニヤ笑って顔を近づけてくる。仏というより小悪魔な表情で。
「おやおやぁ?真魚くんは『私の』『私服姿を』見たいのかい?しょうがないなぁ。それじゃあ見るだけ見に行ってみようか」
下手なことを言えばこうしてウザ絡みしてくるわけだが、それですら――
「「「ちっ……!!」」」
羨望(殺意)の舌打ちが聴こえてくる始末……。
「そうだ!それなら三人でセレクトショップに出掛けない?」
「え、もしかしてその三人に僕も含まれてる?」
「当たり前じゃん。それとも私と海ちゃんの生着替えを見たくないの?」
生着替えという
なんとかこらえたものの、瞬間的に背筋に悪寒が走った。
『ソライロ……オマエ……コロス』
背後から人間を辞めてしまったような友人の声が届いてきたが、視線を合わせたら無事ではすまない類いの妖怪へと変化していそうなので、ここは無視をする一択しかない。
「海ちゃんも一緒に行くよね?」
「そうだね。じゃあお言葉に甘えてご一緒させてもらおうかな」
「じゃあ土曜日の十時に駅前のららぽーるに集合ね!まーくんも予定いれたりしないでよ」
「わかったよ。どうせ入れる予定もないけどね」
「……ごめん」
「大丈夫だよ。真魚君は一人じゃないから」
僕の自虐ジョークは、変に同情を買ってしまったようだ。
どうせなら笑ってほしかったのに。
そして約束の土曜日、僕と海は集合時間よりも早くららぽーるに到着していた。
僕達が住むこの街は、そんなに大きくない割りに駅周辺の環境は整っていて、特に都心まで出向かなくても身の回りのものは事足りていた。
それに大型ショッピングモールがあるのは結構自慢だったりする。
隣の海は制服姿で今日も平常運転だけど、実は僕の財布の中には、出掛ける前に母さんがこっそりと渡してくれたお金が入っていた。
「海ちゃんが気に入ったものがあったら、これで買ってあげなさい」
「俺が?それなら海に直接お小遣いとしてあげればいいのに。ていうか今月お小遣い貰ってないんだけど」
「わかってないわね……。プレゼントしてもらえるから良いんでしょうが。ご機嫌を取るのも男の大事な仕事なのよ。ちなみに代金は真魚の向こう二ヶ月分のお小遣いも含まれてます」
「何その事後報告!」
母さんの言う理論は理解はできるけど、それをどうして僕が実行しないといけないのか。
それにもっと理解できないのは、このお小遣いのなかに僕のお小遣いから天引きされたというお金が含まれていることだ。
全くもって解せぬ……。
「真魚くん。中学三年生というのは、そんなに洋服にお金をかけるものなのかい?」
麦穂が到着するまでの間、手持ちる沙汰な僕達は適当に会話をしていた。
「うーん。人それぞれじゃない?モデルみたいに取っ替え引っ替えする人もいれば、まったく興味がない人だっているだろうし」
かくいう僕は、未だに親が買ってくるものを着てる男であった。だって母さんのセンスに負けるほどセンスが無いんだもの。
今日だって、上下母親のセンスで揃えた子供っぽい洋服だし、きっとクラスでもぶっちぎりで下に位置するオシャレとは無縁の男だと思う。
反面、海はきっと何を着ても似合うんだろうなぁ。そう呆けていると、大きな声で自らを主張しながら息を切らせて麦穂が走ってきた。
「遅れてゴメンねー。今ちょうど向こうでジョニーズが来ててさ、人混みを抜けるのが大変だったんだよ」
麦穂が指差す先には、ららぽーるで収録でもあるのか、主に若い女性に囲まれた男たちが笑顔で対応していた。
「ジョニーズ?ああ……あのスカした連中か」
「まーくんって本当にイケメンが嫌いだよね」
「それは語弊がある。世の男のほとんどの男が嫌いなはずだよ」
「ジョ二ーズってなにかな?」
「えっ!嘘、知らないの?ほら、ドラマでもCMでも引っ張りだこなアイドルグループの五人組だよ?」
「ふーん。そうなんだ」
「……海?おーい海ってば」
海は遠くのアイドルを眺めながら、心ここにあらずといったふうに笑顔のイケメン達を眺めていた。
僕が声をかけても上の空。
――あれ?もしかしてイケメンのことが気になってる?
「ほら、今はアイドルなんて放っておいて、二人とも行こう」
「ああ……うん。行こうか」
そう言って麦穂の後をついていく海の背中を、僕も遅れて追いかけた。
――なんだよ。モヤモヤするな。
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