第14話 テスト当日

 海によるテスト対策が始まって一週間、とうとう中間テスト当日を迎え、学校という戦地に赴く戦士の気持ちで僕達三人は通学路を歩いていた。


 ――大丈夫だ。やれることはやりきったんだ。

 焼き付けば感は否めないけど、それでも普段のテスト当日よりかは自信があった。

 それもこれも、あの地獄に堕とされたような猛特訓の日々があったからだ。


 何度心が折れかけたことか……。

 どれだけ苦しい部活の練習にも根を上げないあの麦穂が、あまりのスパルタ式勉強法に白目を剥いて悶絶するほどったんだから……。

 しかし残念ながら、ここに衛生兵はいない。

 座禅の修行で使う警策きょうさくをペシペシと片手で叩き、どこぞの鬼教官のように少しでも集中力の低下した僕らを激しく責め抜く海の顔は、途中からうっとりしていたように見えたのは気のせいだろうか。いや、気のせいであってほしい。

 思い出すだけでも体のあちこちがうずく。

 というか、僕って部屋を貸してる大家みたいなもんだよね?

 どうして貸し主から特殊なプレイを受けなきゃいけないんだ?

 思春期真っ只中の身である僕は、中間テストを前に変な扉を開けたくはなかった。



「……ていうかさ、どうして海ちゃんってそんなに頭が良いの?」

 すっかり目の下にくまが出来上がっている麦穂が、僕達以上に勉強しているにも関わらず、普段通りの海に尋ねた。

「頭が良いとは思ったことがないかな。ただ努力を続けた成果だと認識してるけどね」

「ひぇ~優等生が言う台詞だよ」

「最初から自分とは違うと決めつけちゃダメだよ。麦穂ちゃんだってこの一週間頑張ったことで変わったんだからさ」


 ――そういえば、空海って奈良時代に大学に入学するほどのエリートだったんだよな。それなのに途中で退学して修行を始めるんだから、そりゃよっぽどの変人に違いなよね。


「ん?真魚君。何か失礼なことを考えてないかい?」

「いやいや、そんなことないよ。ただ僕達に付きっきりで、肝心な海が勉強出来てないんじゃないかって不安でさ」

「なんだ、そんなことか」

 そんなこと?結構ヤバめの話だと思うんだけど。

「真魚君が気遣ってくれるのはなかなか嬉しいものだけど、その心配には及ばないよ。だって夜中に勉強してたからね」

「夜中って……そういえば海って誰よりも早く起きてるんだよね?何時に起きてるの?」

 どらちらかというと叩き起こされるまで寝ていたい派の僕は、ただの一度も海が自分より遅く起きているのを見たことがない。

 そして寝顔だって見たことがないことに今更ながら気がつく。


「そうだね。だいたい四時には起きてるよ」

「「四時!?」」

「床に就くのは二時かな」

「「二時!?」」


 平然と答える海に、僕と麦穂はただ唖然とするしか出来なかった。

 ショートスリーパーとかそういった類いの人間なのだろうか。

 それにしても、超人的な体力には驚かされる。


「昔はもっと勉強していたものだよ。それこそ文字通り朝から晩までね。いや、朝から朝までといった方が正しいかな。ハハ」

 そんなどこぞのマウスみたいに笑われてもこっちは全く笑えない。

 ほら見てみなよ。

 麦穂なんて表情筋が変な具合に固まってしまってるじゃないか。僕だって同じもんだけどさ。

 だって、あの地獄のような特訓が、実はたいしたことないと言われてるようなもんだし……。


「もし二人がヤル気がないようだったら、当時の私と同じ量の勉強をこなしてもらうつもりだったけどね」

「「絶対無理っ!!」」


 また一つ、海のことでわかったことがある。

 それは、海はきっと無自覚なドSであるということだ。

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