第15話 新たな影

 なんとか中間テストを乗りきり、僕と麦穂は返却された答案用紙を見て二人揃って驚愕した。

 なんと各教科が、全てクラスの平均点を超えていたのだ。

 思わず答案用紙を持つ手が震える。


「ま、まーくん……これ……私達の答案用紙だよね?」


「……これが夢でなければ、確かに僕達の名前が書いてあるね……」


 嘘か真か互いに見比べて、確かに名前の欄にはそれぞれ自分達の名前を確認すると、驚きから徐々に喜びが湧いてきた。


「やったー!これで補習は逃れたよー!部活も普通に出れる!」


「はは……喜ぶところはそこかよ」


 ウチの学校では、赤点を取ってしまうと追試があり、それがダメなら再追試がまっている。

 もちろんその間は部活動に参加することは許されない。

 ちなみに僕は追試までは経験があった。


「ほんとだよ。二人とも平均点を越えたくらいでなに喜んでるのさ」


「え?だって海ちゃん。私達からしたらこれはスゴい快挙なんだよ!誉めてくれてもバチは当たらないよ!」


「そうだよ海。今日という日は僕達の歴史的な一日として刻まれることになるのさ」


「ちょっと何言ってるのかわからない」


 海の一言で一刀両断されてしまった。


「あのね、たった一度のテストが少しばかり平均点を越えたくらいで、調子に乗っちゃダメだよ」


「う……で、でも私達頑張ったよ……?」


「しょうがないから、これからはテスト対策をしてあげよう」


「「えっ!!」


「なっ!空色……お前……海ちゃんに直々に勉強を教えてもらってるのかよ!」


 最近噛ませ犬キャラが定着しつつある若林くんが、信じられないと血涙を流さんばかりに近寄ってきた。いや、這い寄ってきた。


「空色くん!君のことは友達と思っていたのに……そんなうらやまけしからんシチュを一人で楽しむなんて……僕は僕は見損なったよ!」


 アニメという共通の趣味を持っている所沢くんも、僕の襟首を掴んで揺さぶってきた。

 確かにね、そりゃ二次元では魅力的なシチュなのは僕も認めることに異論はないよ。認めるさ、最高のシチュだってね。

 だけどもさ、あの地獄の一週間を体験したらそんな口利けないって……。

 その事実を伝えたところで、彼らの怒りという火に油を注ぐだけだった。


「言い訳なんて見苦しいぞ!」


 言い訳じゃないんだけどなぁ。




「はぁ……大変なことになったなぁ……」


「あらぁ?何が大変なのかしらぁ?先生がなんでも聞くわよぉ?」


「あ、なんでもないです。アッチイッテテクダサイ」


「んん……っ!その冷たい目たまらないわぁ……」


 万年発情している変態教師は放っておいて、僕は借り物の本を返すために、とある部室へと訪れた。


「おーい。借りてたラノベ持ってきたよ」


 照明も点けずに、窓側の席で静かに読書をしている女子生徒が一人――このご時世に珍しく、制服を着崩すことなく着用している。

 スカートは一ミリも裾上げをしていないらしい。

 物憂げな表情で読書をする様は、絵になりすぎていた。まるでラノベの表紙絵のようだ。

 髪を耳にかき上げる仕草は、深窓の令嬢と言っても過言ではない。

 その女子生徒は、一部の男子の間では我が校のトップツーを脅かす存在と呼ばれていた。


「あら、空色くんじゃない。内容はどうだったかしら?」


 読んでいた本をパタンと閉じると、同年代とは思えない微笑みで尋ねてくる。

 僕でなければコロッと落ちてしまうに違いない。


「相変わらず長内さんのおすすめは面白かったよ。この『俺の異世界転生が始まらない!?』の作家はセンスのかたまりですね」


「でしょでしょ!ラノベ界で今一番推してる作家なのよね」


 長内さんとは、一年の頃からの付き合いだった。

 アイドル研究同好会というよくわからない団体に所属しながら、ことあるごとに僕に趣味のラノベを貸してくれるいい人だ。

 実家だとじっちゃんの目が厳しく、買うことすらままならないので、こうして少しずつ長内さんから借りていた。


「で、長内さんは読んでたわけ?」


「ちっちっち。これはいつものと違うんだな。なんと新作だよ」


 そう言って見せてくれた表紙には、金髪のハーフ美男子と執事風の男が戯れている絵が堂々と描かれていた。ちなみに美男子は肌が露になっている。


『鬼畜ギャルソン。ハーフ少年をハフハフ』


「相変わらずの趣味ですね」


 そう――外見は完璧な長内さんは、BLに目がなかった。いわゆる腐女子というやつ。

 物憂げな顔で読んでいたのは、ハードなBLというわけ。


「この作品のいいとこはね」


「あ、詳細な話は勘弁してください」



「それにしても……空色くんのようなモブキャラがラブコメの主人公に躍り出るとはねぇ」


 二人で一つの机を挟んで本を読むのは、一年の頃からの日常の風景の一つだった。

 長内さんは、BL本で口許を隠しながらニヤニヤ笑っている。


「ちょっと!長内さんまで止めてよ。僕はそんなつもりないし、平穏な学園生活を送りたいだけなんだから」


「でも、こうなると美少女が何人か恋敵として出てくるのがテンプレだよね」


「だから勘弁してって。ほんとそういうキャラじゃないですから」


「じゃあ、例えばさ――」


 長内さんが何か告げようとしたその時、部室のをノックする音が開こえた。


「あ!まーくんこんなところにいたんだ。もー探したよ」

「あ、一緒に帰る約束してたんだっけ。ゴメンゴメン」

「もう。女の子との約束を忘れるなんてダメじゃない」

「あ、長内さん。またありがたく借りてくね!じゃ!」



 そう言うと、彼は田処麦穂と二人で帰っていった。

 今日は久しぶりに空色くんと二人きりの会話を楽しめると思っていたのに――


「せっかくの二人きりの時間を、よくも潰してくれたわね……田処麦穂。あと空乃海に最上澄……空色くんにたかるブンブンバエどもが……」

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