第13話 テスト前の日常

 その日は、僕の実家でもある金剛寺の本堂で、きたる数日後の中間テストに向けて、勉強会を行っていた。


「そこは方程式が間違ってるよ」


「あ、そっか」


「そこは現在完了形にしないと」


「あ、ほんとだ」


 そもそも、僕と麦穂が二人で勉強することはない。

 なぜかって?二人とも学年順位が下から数えた方が早いくらいの学力だからだよ。

 頭が悪い人間同士が集まって勉強会を開くとどうなるか――それは開始まもなく勉強が成り立たなくなってしまうのはわかりきったことだろ?

 事実、小さい頃はよく僕の部屋で、勉強会という名のゲーム大会を開催していた。

 それがどうして再び一緒に勉強してるのかというと、僕たちの小テストの結果を見た海が放った一言が原因だ。





「うわーまーくん点数低いね」


「いや、麦穂もたいして変わらないだろ」


 いつもの光景。他の人に答案用紙を見せるのは嫌だけど、既にお互い羞恥心なんてなくしていた僕と麦穂は、その日も低い点数を見せ合っては面白おかしく笑っていると、横から江ノ島のトビのように答案用紙をかっさらわれてしまった。


「へ~ふ~ん。わかってはいたつもりだけど、これはちょっといただけないね……」


「え?どうしたんだよ海」


「そうだよ。ちなみに海ちゃんは何点だったの?」


「私かい?自慢するほどのものではないけど……」


 そう言って見せてくれたプリントには、僕達が目にしたことのない三桁の点数が記されていた。

 ちなみに満点は学年でも海一人だという。


「えーーー!海ちゃんすごい!どうしてこんな点数取れるの?全国大会に出場するより難しいよ!」


 麦穂の中ではテストで満点をとるというのは、そのぐらいの難易度らしい。

 ちなみに先日全国大会出場を決めたんだけどね。

 僕からすれば、テストで満点をさらりと取る海も、部活動で全国大会に出場する麦穂も、どちらもそれぞれ凄いと思うけど。


「あのね、話があるんだけど」


 海がトーンを下げて話しかけてきた。


「君達、今年受験生なのはわかってるよね?」


「そ、それはもちろん。なぁ麦穂」


「え?う、うん。もちろん!」


「じゃあ……どうしてこんな悲惨な点数を取ってるのに笑ってられるのかな?」


 そういう海はニコニコ笑っていた。

 これはいけない……内心怒っている徴候サインだ。


「どうやら君達二人は、ことの重大さを理解してないみたいだね。しょうがないから次の中間テストまでは、この私が直々に勉強を教えてあげようじゃないか」


「「え?」」




「ほんと海ちゃんには助かるわ~。この子ったらいつも勉強から逃げてばかりで困ってたのよ」


「もー!うるさいよ母さん!」


 お盆にジュースと、わざわざ買ってきたケーキを乗せてやって来た母さんが、これ見よがしに愚痴を垂れる。

 思春期の僕にとって、それほど恥ずかしいことはない。


「いえ。居候させてもらってる身ですから、このくらい当然のことですよ」


「本当に良くできた子よね。アンタの奥さんにするにはもったいないくらいだと思わない?」


「まだその勘違いしてるの!?」


 母さんは海がうちに来てからというもの、ずっと僕の将来のお嫁さん候補だと思い込んでいるようで、いくら訂正しようとしてもまったく聞き入れてもらえない。

 それどころか、僕の様子を見て楽しんでいる節がある。



「じゃあ勉強頑張ってね~」


 さんざん野次馬根性を発揮させた母さんが去っていった後も、三人の勉強会は海のマンツーマン指導により、外が暗くなるまで続いた。

 勉強は嫌な反面、常に横に海がいるのは嬉しかったりするけど……麦穂も隣に来るのは何故だろう?

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