第48話 修学旅行はまだ続く
「海ちゃんってさ、まーくんのこと好き?」
「ブフォ!」
「うわ!汚っ!」
まーくんにそれは見事にフラれた翌日、私は同じ班の海ちゃんと、急遽合流した隣のクラスの長内さんの三人で行動を共にしていました。
甘味処でお茶をしていた時、ちゃんと聴いておきたかったことを尋ねると、飲んでいた抹茶を思いきり吹き出してしまい、正面に座っていた長内さんは大惨事に遭ってしまいました。
普段の落ち着いた彼女とは、比べようもないほど狼狽えていたことで、それな質問にたいする答えだって馬鹿な私でもすぐにわかりました。
「な、なにを言うんだい!?わ、私がまーくんに、そ、そんな邪な想いを抱いてるわけないじゃないか」
「その割りには、ものすごく動揺してるけどね」
汚れた洋服をイライラしながら拭いている長内さんの一言が、海ちゃんの顔をさらに赤くしたことを言うまでもないです。可愛すぎますよ。
こんな可愛い人が相手なら、私が入る隙間なんて、初めからこれっぽっちもなかったんだなぁって改めて思い知らされて、不覚にも昨日あれだけ泣いたのに、またしても泣きたくなります。
そこは乙女の意地でなんとか堪えましたけど。
――もっと早く勇気を出していれば、現実は変わっていたのかもしれない。そう考えると、吹っ切れたはずの心が、再び涙の海に沈んでいってしまい、これが失恋の痛みであることを生まれてはじめて知りました。
そしてまだまだ引きずりそうだなと苦笑いしてしまいます。
「もうさ、ぶっちゃけようよ。麦穂ちゃんは自分から告白するくらい空色君のことが好きだった。私も誰にも負けないくらい彼のことが好き。じゃあ空乃さんはどうなの?」
「だから、私は……」
「ちなみにだけど、メグミちゃんに聴くところによると、『あれは相当空色に参ってるわね』との評価を頂いてます」
「長内さん。いつの間にメグミとやり取りしていたんだい」
なんと、いつの間にか長内さんはアイドルの一人とLINEでやり取りするような仲になってたらしいです。文化祭で連絡先を交換したようですが、もっとビックリしたのは、海ちゃんがとうとう観念して首を縦に振ったことです。
これが完落ちってやつでしょうか。
「も、もう良いだろう?そうだよ。私は真魚君のことが好きだよ。君達に負けないくらい大好きだよ。なんなら誰にも奪われたくない位に好きなんだよ!悪いか!」
「え、いや、そこまで開き直られるとは思ってなかったんだけど……」
「わかってはいたけど、その、そこまで言われるとこっちが恥ずかしくなるよ……」
「君達が私にそう言わせしめた癖に何を言ってるんだよ!理不尽極まる!」
わかったから、もう少し声のボリュームを抑えて欲しいです。さっきから観光客に思いきり観察されてます。
しかも二人は美人だから、余計悪目立ちして私のような一般人はいたたまれないのです……。
「そんなに好きならぁ~真魚くんと~付き合いたいとは思わないのぉ?」
「うわ!最上先生じゃないですか。どうしたんですか?こんなところで」
「ちょっと~他校の青い果実を~頂こうと思ってねぇ~」
なんて恐ろしいことを口にするのかと思いましたが、今更ですね。
いきなり声をかけてきたのは、担任の最上先生でした。どうやら周囲から視線が集まっていたのは、彼女の悩ましすぎるスタイルと、その刺激的すぎる私服姿のせいでもあったようですが、変態的な言葉を口にしながらも是非聞いてみたかった質問を海ちゃんに尋ねたファインプレーには心から拍手を送ってあげたかったです。
というかそれを聞き出さないと、オチオチ修学旅行を楽しむことも出来ません。
「私は、真魚君と……」
「空色君と?」「真魚くんと~?」「まーくんと?」
海ちゃんが答える数秒の間が、一時間ほどに引き伸ばされたように長く感じます。
付き合いたいのか、そうではないのか、本人の口から直接聞けると思ったその時――
「あれ?こんなとこで会うなんて奇跡だね」
歯の浮くような台詞で見事なタイミングで割ってきた痴れ者は、サングラスをして変装でもしてるつもりのようでしたが、何処かで見たことのある男でした。
「あなたは確か……誰でしたっけ?」
「ああ、顔だけが武器な浅はかな男ね」
目の前の男が思い出せない私と、どうやら知ってるけど趣味ではない長内さんの、切り捨てるような容赦のない言葉にプライドを傷つけられたのか、頬をひくつかせて男は大袈裟に自己紹介を始めました。
「ジョニーズの銀河流星だよ!こんな国民的スターを知らない無知に驚きだけど、そっちの君は口が酷いな!まぁいいや……それより、海ちゃんだっけ?俺からの連絡を全部無視するから寂しかったよ。こうして京都で会えたのも運命だし、無視し続けてくれたお詫びに京都を一緒にデートしようよ」
なんとも都合のいい自分勝手な口実を並べると、海ちゃんの意思も関係なく連れ去ろうとします。
「ちょうど車があるからさ、人気のないところにでも行こうか」
醜い欲を隠そうともしない男がアイドルなんて、世も末ですが、こちらは非力な女子しかいません。
このままだと連れ去られてしまう――そう危惧して110番に電話を書けようとすると、首を絞められた鶏のような声と、ドサッ、と何かが崩れ落ちる音が聞こえ、音のする方に視線を向けると銀河とやらがアスファルトに突っ伏しているではありませんか。
目の前には気を失った男と、頭を抱える海ちゃん。その横で震える長内さんに、ニコニコ笑っている最上先生。
一体何が起きたのかサッパリですが、知らなくても良さそうなことなのでノータッチを決め込むことにしました。世の中には知らなくていいこともあるのです。
「先生~良いこと~思い付いちゃったぁ~」
「何ですか?」
まさか男の始末とか言い出さないか心配しましたが、最上先生の思い付いたアイデアとやらに、私達三人は耳を貸しました――
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