第35話 急転直下
なんだかんだと三人に振り回された夏休みは、気がつくとカレンダーの後半に差し掛かってた。
よもやよもやだ。
そして今年もこの時期がやって来たかと、やれやれとニヒル気取りにポーズを決める。
まったく、参っちゃうぜ――
机の上には、手を付けていない夏休みの宿題の山が
絶景かな絶景かな。
そりゃあついニヒル気取りにもなりたくなるものだぜ。
それにしても……どうして人は決まって毎年後悔するのだろうか。どうして人は同じ過ちを往々にして繰り返してしまうのだろうか。
後で後でと問題を先送りにして、結局退っ引きならない状態に、袋小路に追い込まれてからやっと事態の深刻さに気がつく。そして気がついたときには大概手遅れだ。
人類皆兄弟とはよくいうけど、こと夏休みの宿題をいつ終わらせるかというリーマン予想よりも遥かに難解な人類共通の命題に、全国の学生は皆頭を悩ませているのだと思いを巡らすと、僕もそのうちの一人だと認識することで集団心理というかまたぞろ今日もペンを握らない言い訳をただただ繰り返すのであった。
「集中せんか!」
「痛いっ!」
クーラーもついていないお堂で座禅を組むなんて、このご時世に狂気の沙汰としか僕には思えないけど、じっちゃんが振り下ろした
「コレ!余計な事を考えてるんでない!見ろ!海殿の完璧な
あれ?じゃないよ。小首をかしげるな
まぁ、じっちゃんが不思議がるのも無理はない。僕にだって見てわかる。明らかに海は上の空であることに。
これじゃあ空海じゃなくて上空だ――いや、自分で言っといてなんだけど、まったくもって上手くはなかったようだ。
きちんと海に睨まれた。
夏休みに、出かけてばかりの僕が勉強も修行も疎かにしていると危惧したじっちゃんの粋な計らいにより、無理矢理修行を命じられた僕は、さらば夏休みと覚悟を決めていたわけだけど、タイミングよく現れた海が自分も参加したいと手を挙げたた。
ところが、いざ始まってみると、目の前で海殿海殿と熱心に信奉していたじっちゃんが、おろおろと狼狽するくらいに海は心ここにあらずだったのだ。
あの空海がだ。
死後、弘法大師の称号を授かった真言宗の祖がだ。
何か悩みでもあるのだろうか……もしかしたら夏休みの宿題でも溜め込んでるのだろうか、と頭をよぎったけど、実際は僕みたいな煩悩まみれの中学生男子とは出来の違うようで、夏休みが始まって早々に課題を終えているのであった。
「何か考え事でもあるの?」
座禅を終えたあとに、今だボーッとしている海に声をかけた。
「うん?ああ、ちょっとね」
「何か悩みでもあるのなら聞くよ?」
「悩みというか……今度近所で花火大会があることは知ってるだろ?」
「ああ……あれね。毎年麦穂に連れてかれてるヤツだ」
実家である金剛峯寺の近所では、毎年地元の地域住民が参加する花火大会が開催されていた。浴衣姿の麦穂に、有無を言わさず首根っこを掴まれて連れていかれるのは夏の風物詩だった。
今年は何十周年記念だとかで、何処かのアイドルが訪れるらしいけど、ドルオタでない僕にはさして興味のないこと。
「その日にね、逢引きに誘われてるんだよ」
ん……?何て言った?あいびき?合挽き?ハンバーグでも作るのかな?
「デートとも言うんだったね。まったく……どうして私なんかと」
なんてこった。どこの馬の骨が海をデートなんかに誘ったんだ!いや、僕も十分馬の骨だけども、いったい誰がそんな真似を――
「そ、そんな仲の良い知り合いがいたの!?全然知らなかったよ」
教えてなかったしね、という言葉がぐさりと刺さる。
「私の昔からの知り合いでね。しばらくは離ればなれになってたんだけど、なんの因果か今頃になって姿を現したんだ。私の事をずっと忘れられなかったらしいよ」
「ぐはぁ」
思わず吐血しかけた。そんな……まさか海の過去にそんな熱烈な男が存在したなんて、聞いただけで胃に穴が開きそうだ。
「ふ、ふ~ん。そうなんだ。花火大会ねぇ~」
心中は荒れに荒れていた。常に一緒にいたものだから、まさかそんな伏兵が現れるとは夢に思っていなかった。
「えっと、そのデートの誘いは受けるの?」
海の答えを待っていたその時――扉が勢いよく開かれた。
「話は聞いたよ、まーくん!今年も一緒に花火見ようね!」
「残念だけど、花火大会当日は空乃さんは別行動ね」
現れたのは勉強道具を携えた麦穂と長内さんだった。
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