第30話 なんで!?

 夏休みも佳境に差し掛かった頃、我が家のいつもと変わらぬ朝食の席で、最近影の薄かったじっちゃんが痺れを切らしたように話しかけてきた。


「なぁ真魚よ。あ、沢庵取ってくれ」


「なんだいじっちゃん。ほらよ」


 ――モグモグムシャムシャ。


「海殿が家に留まってくださるようになってから半年以上は経つのう。醤油取ってくれ」


「あー……もうそんな経つのか。早いもんだな。ほいよ」


 ――モグモグムシャムシャ。ゴクン。


「ところで真魚よ。事は上手く進んどるのか?」


「は?なんだよ藪から棒に」


「だ、か、ら、孫はまだかって聴いとるんだ」


 ブーーーー!!

 母さん手製の味噌汁を盛大に吹き出してしまった。正面に座っているじっちゃんにクリティカルヒットだ。


「じっちゃん。孫は未だでしょ?」


 あまりに突拍子な質問に、「ご飯食べたでしょ?」とお馴染みのフレーズを模して答えてしまうほどに混乱の極致にあった。

 ちなみにこの場に海はいなかったのが救いだった。確か長内さんと麦歩と朝から出掛けるとか。

 もしこの場に海がいたらと考えると――背筋が凍る。いくら身内といえども綱紀粛正ものだったが、どうやらこの手を汚さずにすんで一安心した。

 隣の母さんは涼しい顔で聞き流していたけど、ズスズとお茶を飲むと鋭い目をじっちゃんに向けて一喝した。


「もうお父さん!そういうデリケートな話は止しなさいって言ってるでしょ!」


「む……しかし、金剛地が末永く存続していく為には跡取りが」


「だからってものには順番ってものがあるの!そうなんでも一足飛びに事が進むわけないでしょう!」


 じっちゃんは一人娘である母さんにとにかく頭が上がらない。海が家に寝泊まりするようになったのも、そもそも最初は母さんがゴリ押ししたからであって、その時もじっちゃんは反論できずに受け入れていた(後に海の熱心な信者になる)。

 そして今も、母さんの圧力にじっちゃんはたじろぐしかなかった。


「ていうかね……僕はまだ中学生だよ。普通に考えて中学生が子供作るなんておかしいでしょ。第一、『昔なら元服を迎える成人の年齢だが、現代ではまだ中学生だ。それに生活を支えられる基盤がないのは致命的。まだ親の庇護下にある子供であることはわかっておるな』ってじっちゃん結婚自体反対してじゃないか」


「はて?わし覚えとらんのぉ(キュルン)」


 く……最近ボケた振りばかりしやがって!

 味噌汁まみれのジジイが小首傾げてキュルンとかすな。

 その顔写真に納めて遺影にしたろか。


「お父さん。あまり真魚を困らせないであげてちょうだい。今は多感な時期なんだから」


「む~……じゃが……」


 ジジイがむ~とかすな。

 本気で幼児退行でもしたんじゃないかって焦るわ。

 介護サービスを本気で検討しちゃうじゃないか。


「まさか、親族がいる実家で可愛いお嫁さんと子作りに励むことなんか出来るわけないじゃない!もう少し考えてあげてよ」


「そうそう。こんな薄い壁一枚じゃ僕達の声が丸聞こえじゃないかって心配なんだアイエエエエ!?コヅクリ!?コヅクリナンデ!?」


 母さんはエプロンのポケットから、国民的猫型ロボットがそうするように一枚のチケットを取り出した。

 それは二名まで使用できる温泉旅館のチケットだったが、それをどうしろと?

 果てしなく嫌な予感しかしないが、商店街の福引きで手に入れたのと僕に無理矢理(母さんに力で敵わない)手渡すと、改まった態度で正座した。


「我が息子よ」


「へ?なに!?」


「これを使ってさっさと大人に……引いては孫の顔をどうか見せてくだされ!」


「アイエエエエ!?ダカラナンデエエエエエエ!?」

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