コラボラシオン⑭

******

 

 翌々日には港町に到着し、俺たちは町長に事情を話し数日滞在させてもらうことになった。


 当然、あるじも身分を明かしたうえで……だ。


 いろいろとやることがあるもんな。


 まずはセルドラの拘束をより強固にすること。


 王都に帰るための道を確認すること。


 そして……ブリューとスミノルフさんと話し『生命の水ヴィーテ・ウォタ』と『ジンギベルンビーア』を試すことだ。


 最後のやつはまあ……ついでに『人狼スミノルフ』なんて呼び方についても聞きたかったんだけど。


 ちなみに俺たちは町外れの町長の家にご厄介になっている。


 錬金術師――スミノルフさんに気を遣ってくれたらしい。


 とはいえスミノルフさん自身はちくちくする視線に無頓着なんだけどさ。


 そのスミノルフさんは『生命の水ヴィーテ・ウォタ』を作ると言ってブリューと一緒に庭に出ていた。


 マルティさんとシードルさんは物置のような別の部屋でセルドラをがっつり見張ってくれている。


 俺は部屋の中でブリューとスミノルフさんを待ちながら……テーブルの向かいの席でお茶を飲んでいるあるじに目を向けた。


 セルドラを捕まえてから……なんだかんだ事務的な話しかできていなかったからな。


「……あのさ、あるじ


「あら、どうかした?」


「いまさらなんだけど――ごめん、勝手に進んだこと」


「……え?」


「崖から落ちて……ブリューと先に進むことを決めたのは勝手にあるじから離れることだったから。あるじ言っただろ、勝手にどこかへ行かないでって」


「…………」


 あるじくれない色の目を丸くして俺をしげしげと見詰めたあと、困ったように微笑んだ。


「それはもういいわ。結果的にセルドラの足止めをしてくれたからいまがあるもの――あなたが大丈夫だったから言える言葉だけれど」


「……うん……」


「無事でいてくれたことがなによりの謝罪よ。でも…………そうね」


 そう言った彼女は消え入りそうな声で呟く。


「崖で……キールの悲鳴が聞こえて……あなたがいないとわかったとき……私」


 その表情があまりに……つらそうで。


 俺はたまらなくなって身を乗り出した。


「なあカシス」


「……は、はいっ?」


「約束するよ。俺、なにがあってもあるじのところに戻る。……いや、今回みたいに迎えに来てもらうっていうのが正しいこともあるんだけど」


「……え、えぇ?」


「俺は〈宮廷カクトリエル〉になるまであるじの近くで同じものを感じて学ぶ。だから君は――見ていてくれるかな」


「…………み、見て?」


「そう。俺が成長して強くなって……〈宮廷カクトリエル〉になるまで」


「キール……」


「君は王女様で、本来俺とはかけ離れた位置にいるのかもしれない。でも……あるじは俺に手を差し伸べてくれた。爺ちゃんを助けてくれた。それだけで十分すぎるものをもらってるよ俺。……君は殻斗カクトだ。宝酒ほうしゅを作る器。……俺は〈宮廷カクトリエル〉になって君の宝酒ほうしゅカクテルにする。忠誠を誓うよ――カシス。ここはカクトリエルにとって最高の場所だ」


 あるじは言い募った俺に向けて目をぱちぱちと瞬いて……破顔した。


「ふ、ふふっ。キール、あなた言うわね! ……ねぇ、それなら」


 彼女は悪戯っぽく唇の端を持ち上げ、囁く。


「そのカクテルは私が一番に楽しめるのよね?」


 俺はそれに思わず笑みを浮かべ、大袈裟なくらい大きく頷いてみせた。


「うん、勿論。それだけじゃなく……出逢った酒、全部とびきりのカクテルにしてみせるさ! スミノルフさんの『生命の水ヴィーテ・ウォタ』だってね」


「あははっ、素敵ね!」


 あるじは両手を合わせて楽しそうに言うと突然立ち上がり、扉を指す。


「……ならその『生命の水ヴィーテ・ウォタ』を早速見に行きましょう?」


 俺は一も二もなく頷いてあとに続く。


 うん……言ったからには美味しいカクテルにしないとだよな。


******


 そんなわけで庭に出ると酒の香りが鼻を突いた。


 大きな蒸溜器のそばでスミノルフさんが装飾品をジャラジャラいわせながらなにかを祈っている。


 ブリューはその隣で地面に座り込み、容器に溜まっていく酒を眺めていた。


 さすが蒸留酒――部屋の中じゃ作りにくいだろうなぁ……。


 スミノルフさんの姿は……まあちょっと異様だけど。


「あ、キール! ……と……王女様……ど、どうしました」


 そこでぱっと横髪を弾ませたブリューが跳ね起き……あるじに気付くとあからさまに体を竦ませ視線を逸らした。


 ――そう。


 セルドラが彼女を王女様だと呼んだことでブリューはあるじが王族であると知った。


 実は崖から落とされたことについて俺は一切触れていないんだけど、彼はいつあるじに話そうかと迷っているらしい。


『別に話さなくても俺からは言わないよブリュー。ブリューも俺のせいで魔法の直撃を喰らったからお互い様だよ』って伝えたけど――彼なりに思うことがあるようだ。


 セルドラを捕まえられたのはブリューのお陰だし、俺としてはもう済んだ話なんだけど。


 そこであるじは困ったように眉尻を下げた。


「……ブリュー、何度も言ったけれどそんなにかしこまらないでいいわ。あなたとスミノルフさんがキールを助けてくれたんだもの、感謝しているのよ」


「…………あ、はい……」


 当然、事情を知らないあるじはブリューを追い詰めていくんだけどな。


 俺はそこでブリューに助け船を出そうと話題を変えることにした。


「――そういえばブリュー、『人狼スミノルフ』ってなんのこと?」

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