コラボラシオン⑮

「……ッ⁉」


 瞬間、ブリューだけじゃなくあるじまで硬直したのがわかった。


 あれ……なんだかまずいこと言ったかな……?


 あるじは俺を見るとゆっくりと……一言一句まるで確認するように言った。


「……キール。いまなんて言ったの? 『人狼』?」


「え、あ、えぇと……」


 しまったな……。


 俺がちらとブリューを見ると彼は地面に視線を落とし、瞬きもせずに茫然と立ち尽くしている。


 助けるつもりが……なんだか変な空気だ……。


 そのとき突然ブリューが膝を突き、額を地面に擦りつけた。


「……お、王女様ッ……ごめんなさい、ごめんなさい!」


「え、ええッ⁉ ま、待ってブリュー、ど、どうしたの⁉」


「僕……蒼髪と取引してキールと王女様を足止めしようとしたんですっ……だからキールを崖から突き落としたんだ! 僕に怒ってください、代わりにジジイのことは見逃してくださいッ……」


 突如彼から放たれた言葉にあるじはぽかんと口を開けて動きを止める。


 なんとも言えない微妙な空気が漂ったところで……俺は「えぇと」と口を開いた。


「崖から落ちたのはブリューの言うとおり突き落とされたからなんだ、あるじ……でもブリューはスミノルフさんを助けようとしてただけで、実際命を奪うつもりはなかったから許してあげてほしい。俺は……爺ちゃんを助けたい気持ちがわかるんだ」


「……待って。待ってくれるキール? 私、ちょっと思考が追い付かないわ」


 あるじは両手の指でこめかみをぐりぐりと揉みながら目を閉じ唸ると……深いため息をこぼした。


「……、ええと。ブリュー。あなたはスミノルフさんを助けるためにセルドラと取引をしていた……キールは足止めのために崖から落とされた……でもブリューはセルドラを捕まえるためにキールに協力した……?」


「うん。俺の爺ちゃんの話をしたらブリューはわかってくれたんだ」


 俺が続けると、彼女は苦虫をかみつぶしたような顔で頷いた。


「……わかったわ。キールはブリューを信用しているのね?」


 俺はその言葉に思わず眉を寄せ……唇を湿らせてから言葉にする。


「正直、信用はしてなかったよ。でもセルドラを捕まえるのに俺を助けてくれたから――お互い様だって思ってる」


 それを聞くと……あるじは小さく笑った。


「そう。あなたいい人ねキール。……いいわブリュー、結果を重視してあなたのことは不問にする。けれど『人狼』の話は聞かせてもらうわ」


「そんな……王女様……っ」


「『人狼』は物語でもよく出てくるわね。精霊を怒らせてしまったとか、錬金術で魔素を取り出して体に取り込んだとか。いつか心が蝕まれて人を襲う……とも」


「人を……襲う⁉」


 俺は驚いてブリューを見た。


 そうだ、セルドラは言っていた。スミノルフさんは領地を追放されたんだって。


 ……それはもしかして『人狼』になったから……?


「精霊よ――さあ我が声を聞け! 我が魔素を食べにくるのじゃあ!」


 そのとき。仰々しく両腕をかかげたスミノルフさんの声が轟いた。


 ブリューは弾かれたように後ろを振り返り……泣きそうな声で怒鳴る。


「ちょっとジジイ! 黙ってよ! 僕がどれだけ気を揉んでるのかいい加減に――」


「ふん。気を揉む必要などなかろう! 儂は錬金術師じゃ。この体とてすぐに戻してみせるわ、たわけもの!」


 スミノルフさんはそう言うと両腕を下ろしてブリューと同じ茶色の双眸を眇めた。


 あるじは口元に右の指先を当てながら逡巡し、大きく頷く。


「そうね、気を揉むには早い。スミノルフさん、私に『人狼』の話を聞かせてほしいのだけれどいいかしら?」


「よかろう」


「え、ジジイ⁉」


 俺は眼を剥くブリューの肩をポンと叩き……首を振った。


あるじは強引だから……力になれるかもしれないし聞かせて」


「……キール……」


 ブリューは細く弱い息をこぼすと……観念したように座り込んだ。


******


『人狼』っていうのは魔素を取り込んでしまった人のことらしい。


 彼らは魔素による影響で体が蝕まれ……発作を起こすと正気を失い、まるで狼のように四つん這いで暴れ回って人を襲うこともあるそうだ。


 俺はそこでブリューが『スミノルフさんには持病があって定期的に薬を飲んでいる』と言っていたことを思い出した。


『発作を起こすと本当に危険だ』とも話していたけど――危険なのはスミノルフさんじゃなくてスミノルフさんの周りにいる人だったのかも。


 それから、どうして『人狼』になったのかもスミノルフさんは話してくれた。


 彼は元々、錬金術で傷や病を治すための薬を調合していたんだって。


 暮らしていた町の人も薬を買いに訪れるほどの錬金術工房を持っていたけれど――あるとき採取に訪れた場所で『精霊香草エルダハバル』という香り高い草が茂っているのを見つけたそうだ。


 その薬効は素晴らしく、スミノルフさんは『精霊香草エルダハバル』を乱獲らんかくし薬をたくさん調合したという。


 ……ところがそれが精霊の逆鱗に触れてしまった。


精霊香草エルダハバル』は精霊国の薬草とも呼ばれ精霊が愛する草って言われるんだけど――そりゃあ乱獲されちゃ精霊だって面白くなかったんだろうって話だ。


 あるじが精霊って単語にめちゃくちゃ反応したけど本人も喜べる話じゃないってのはわかっているみたいだな。


「儂は魔素を注がれて『人狼』になりあっという間に発作を起こしてな。町の人を襲いかけたところでブリューに止められた。錬金術ですぐに薬を調合したが町を管理する貴族の耳にも『人狼』になったことが触れ、領地からは追放されたんじゃ」


「王女様。ジジイは誰も傷付けてないよ! 僕が護衛するのはジジイが誰かを傷付けないためだし、ジジイは体を治すために精霊を呼び続けてるんだよ」


「とはいえ資金難でな、このままでは薬の材料すら買えない。儂の薬ももう少ない。だから『生命の水ヴィーテ・ウォタ』を早いところ売らねばならん」


「ちょっとジジイ、いまそれ言う?」


 ブリューは眉間に思い切り皺を寄せ、犬のような大きな目を細める。


 俺は蒸溜器の末端、器に溜まった透き通った液体を眺めて……言った。


「美味い酒が精霊を呼ぶ、美味い酒を口にして楽しめばそこに精霊が現れる……か」


「そういうことじゃな」


 するとあるじはひとりで二度頷いた。


「……事情はわかったわスミノルフさん。あなた『人狼』の発作を抑える薬を調合できるのね?」

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