コラボラシオン⑯

 そう言うと彼女は「ちょっと待っていて」と言って屋内に入り……またすぐに出てくる。


 その手にはなにやら紙とペンが握られていて……ああ、うん。


「……まだそこ・・に物を入れてるんだ……」


 ――セルドラの魔法で派手に捲られたのに。


 胸のなかでだけ付け足して呆れる俺に、彼女はつんと唇を尖らせた。


「だって荷物を背負うのは効率が悪いわ? ブリューとスミノルフさんがいたから見せないように隠れたでしょう」


「うーん」


 そういう問題じゃないと思うけど。というか俺だけのときは隠すつもりないってことかな?


 それもどうなのあるじ……。


 俺の考えを余所に彼女はさらりと場を流し、改めてスミノルフさんたちに向き直った。


「ねぇスミノルフさん、ブリュー。私、物語が好きで『人狼』になってしまった話もよく読むの。彼らは皆、発作を抑えようと試行錯誤しているわ? だから思うのだけど……その薬、ちゃんと作ったのはスミノルフさんが初めてじゃないのかしら? それ自体を売るつもりはないの?」


「ええとですね……僕もそれができればいいと思ったけど、王女様も実際に『人狼』なんてそうそう見かけないよね。物語でも皆、人を傷付けるのが恐いからって山奥とかに籠もっちゃうでしょ? 売り先がないんです」


「まあ、やっぱりあなた物語が好きなのねブリュー」


 あるじは左手で紙とペンを持ったまま右の人さし指をぴっと立て、続きを口にした。


「どこに隠れていても問題ないわ。どこかにその薬を欲する人がいる――それが大事よ。……精霊についてもうちにはカクトリエルがいるし、とびきりのカクテルを作ってくれるはず。精霊が呑みにきたら治してもらいましょう。……そうよね? キール?」


「えっ⁉ 俺⁉」


 思わず肩が跳ねてしまい、俺は慌ててごほんと咳払いをする。


 突然すぎやしないかなあるじ……。驚きすぎて目が飛び出そうだよ……。


 なんたって『宝酒大国ほうしゅたいこくリキウル』には〈宮廷カクトリエル〉カルヴァドスがいるんだからさ。


 でも……思うことがないわけじゃないのは確かだ。


「……うん、まあ、いつかは俺も〈宮廷カクトリエル〉になって吞んだひとを笑顔にするカクテルを提供するし。精霊だって喜んでくれるはず」


 応えるとスミノルフさんが装飾品をジャランと鳴らして頷いた。


「それでこそ錬金術師じゃ!」


「いや、俺はカクトリエル……」


 返した俺にあるじはくすくすと笑う。


「決まりね。とりあえず薬の材料を買ってくるわ。これは投資よスミノルフさん。薬が安全なのかも確かめる必要があるし。だから遠慮しないでなにが必要なのか教えて。それから……あなたを『人狼』にした精霊はどんな容姿なのかしら! それも聞きたいわ」


 あるじは紙とペンを手に言ったあとでブリューに向けてぱちりと片目を瞑った。


「ふたりにはこのまま王宮まで同行してもらうわね。そのあとは多くの研究に協力してもらわなくてはならないし、スミノルフさんには窮屈な思いをしてもらうかもしれないわ。けれどもし薬がうまくいったなら……これは条件を含めて話し合いが必要ね」


「は……はいっ……ありがとう、ありがとうございます王女様っ……!」


 見えないけど、尻尾が見える。


 俺はぱっと笑顔になったブリューに苦笑した。


「とりあえず俺は早くジンギベルンビーアと生命の水ヴィーテ・ウォタを呑ませてほしいかな」


******


生命の水ヴィーテ・ウォタ』は蒸溜したあとで濾過ろかするそうだ。


 もうしばらくかかると聞いて、俺はあるじと一緒に薬の材料を買いに出ることにした。


 マルティさんとシードルさんにも伝えにいくと縛られたセルドラが冷たい瞳を光らせて鼻で笑う。


 本当は顔も見たくないし見れば殴ってやりたいと思うけど――それを踏み留まるだけの理性は保てている。


 俺が思いっ切りぶん殴った頬が赤黒く腫れていたのも冷静でいる助けにはなったかもしれない。


 そうしてあるじとふたりで町を歩いていると……紅色のドレスの裾を弾ませながら彼女がちらと俺を見上げた。


「キール、そういえば『生命の水ヴィーテ・ウォタ』を使ってどんなカクテルを作るつもりなの?」


「うん? あー、たぶん蒸留酒ならそんなにクセがなくてスキッとした味なんじゃないかって予想してるから、そこにブリューの好物だっていうジンギベルンビーアを足そうかな、と。呑んでみないとわからないけどね。あとはなにかで味の調整が必要かも」


「ジンギベルンビーア……刺激的な味になりそうね」


「うん。ベルンみたいな甘みを足すよりも爽快感を狙うほうがいいかもしれない」


 この町はテキラナや山脈に比べれば温かく、キンと冷やして呑むこともできそうだ。


 当然、魔素の影響は出ているようだけど……凍えるほどではない。


 港町だからか店には魚介類が多く並んでいて……見たことのない果物や野菜らしきものもある。


 道行く人々はどこか陽気で、時折頭に布を巻いた屈強な男女とすれ違った。


 ……船員か? そうすると本とか絵で見るような大きな船もあるんだろうな……。


 嗅いだことのない匂いがする町はなんだか新鮮で……俺は思わず口にした。


「……あるじ


「なに?」


「海……見に行かない?」


「! 素敵! 行きましょうキール!」


 彼女はぱっと頬を緩め、胸の前でぽんと手を合わせた。


「船旅もいつかはしてみたいわね。海賊のお酒なんてどうかしら?」


「海賊って……」


 物騒なこと言わないでほしい。

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