コラボラシオン⑰

 そんなわけで目抜き通りを抜けると……視界が開けた。


 あいにく天気はそれほどよくなくて空は薄く灰色がかった雲に被われていたけど――これは。


「すご……」


 まず見えたのはそびえるような船、船、船。


 そしてざぶざぶと大きな音を絶えず繰り返す一面の青い水……時折波の先端か白く跳ね、初めて見る白い大きな鳥が頭上を過ぎる。


 思い切り息を吸えばどこかしっとりした空気と一緒に町に満ちる独特の香りがして……俺はそれが海の匂いだと気付く。


 これが海か……!


「青いカクテルとかできるかな」


 呟くとあるじが笑った。


「ふふっ、本当にカクテルが好きなのねキールは。あ、ねぇ見て、帆に模様があるわ! 物語にもあるように骸骨を描いた海賊もいたりするかしら?」


「本当に物語が好きなんだなあるじは」


「海は初めてかなそこの青年!」


「えっ?」


 そのとき背中側から声がして……俺はぴたりと足を止め振り返った。


 すると簡易的な露店で満面の笑みを浮かべた細い男の人が、掲げた右手をぶんぶんと振っている。


 三十代くらいだろうか……店があるんだから商人なんだろう。


「えぇと? 俺、ですか?」


「そうそう。初めての海記念に銅のカップなんてどう・・? なんちゃって! ほら見てってよ、これ海賊が好むカップでさ、これで呑むカクテルなんて最高だよ!」


「まあ、海賊が⁉」

「最高のカクテル⁉」


 あるじと俺が食い付くと……商人は気をよくしたらしい。


 すぐに露店の俺たち側に大小様々なカップをずらりと並べてみせた。


「そうさ! 海賊はこのカップで夜通し騒ぐ。銅のカップは冷たいカクテルをキンキンに冷たいと思わせてくれる最高の器だ!」


「……ああ。たしかに銅のカップは冷やしたカクテルを入れて持つと指先まで冷たく感じる気がします」


 酒場にもいくつか揃えてあったな。


 俺が頷くと商人は「そうなんだよ!」と嬉しそうに笑って……なんとなく申し訳なさそうに眉尻を下げた。


「じつは今年は寒いから売れ行きが悪いんだ……よかったらちょっとおまけするから、買わないかい青年」


「ねぇ商人さん。海賊が好むのはどうして?」


 あるじは海賊の話が気になるようで購入を勧める言葉をさらりと流す。


 カップを覗き込むように身を乗り出した彼女に商人は苦笑した。


「……うーん。まあ、夢があるわけじゃないね。ゴルトシルバに比べたら単純に安いから。軽いし。あとは錆びにくいから海でも強いってわけ。それに割れない」


「あら……結構実用的ね。海賊も略奪ばかりではないだろうし納得といえは納得かしら」


「へえー……」


 あるじと俺が返すと商人はカップをひとつ手にして小さく息を吐いた。


「いまいちな反応だね……暑い地域なら売れると思ったのにとんだ誤算なんだよなぁ。魔素が乱れるなんて思わないし……。ごめん、無理に売るつもりはないから平気だよ。聞いてくれてありがとう」


「そう、そうね……たしかにこれも魔素の影響ともいえるわね」


 あるじは商人の言葉に金の髪を揺らして大きく頷いた。


 たぶん俺たちの会話が聞こえていたんだろうけど、海賊の話題もカクテルの話題も興味を持つのには十分すぎる。


 なにより魔素の影響で物が売れないのだとしたら、あるじは協力しないわけにいかないだろう。


「六個よ。冒険に持っていきやすい形と大きさを見繕ってくれる?」


「へっ?」


 言い放ったあるじに思わず笑って……俺は商人に肩を竦めてみせた。


「いい客を捕まえましたね!」


******


 スミノルフさんの錬金術用――もとい薬のための材料を買い、紐で結んだ銅のカップをベルトにぶら下げて町長の家へと戻りながら、俺はふとあるじに聞いた。


「王宮まで帰ったらスミノルフさんとブリューはどういう扱いになるの?」


「……そうね。少なくともスミノルフさんへの監視は付いてしまうはずよ。シードルにも確認したけれど年に数件は『人狼』討伐や捕縛の依頼が出ているようだから」


「え、討伐の依頼も?」


「ええ。発作を繰り返すと人に戻れなくなるの。だからもしスミノルフさんの薬が問題ないと確認できたなら……それはリキウル王国にとってもいい話ね。隣国への販路も期待できるわ。なにより『人狼』として苦しんでいる人の助けになれる」


「そっか……うまくいくといいな」


「本当にね。ただスミノルフさんの場合は精霊を怒らせてしまったのが原因だし、そこはちゃんと許してもらわないとならないわ。……私も会いたいし、腕の見せどころよキール?」


「……う、うん。頑張るよ……」


 あるじの勢いに思わず身を引きながら応えると……彼女は前を向いたままわくわくした顔で笑みを浮かべた。


「ふふ。待ち遠しいわね!」


 そんな顔するのはちょっとずるいよな。やらないわけにいかないじゃないか。


 まあ……精霊を呼べるだけのカクテルが作れるなら最高だし、やるつもりだけど。


 俺は秘かに胸のなかで誓う。


 そうこうしているうちに気付けば町長の家は目の前で――『生命の水ヴィーテ・ウォタ』を作り終えたスミノルフさんとブリューは部屋で待っていた。

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