コラボラシオン⑱

 ブリューは俺たちが戻ると冷たい水で瓶ごと冷やしていた『生命の水ヴィーテ・ウォタ』と『ジンギベルンビーア』をいそいそと持ってくる。


「僕の好物をキールにも味見させる約束だったしどうぞー!」


 言うが早いがブリューはジンギベルンビーアを開ける。


 俺は思い立ってベルトに括り付けていた銅のカップをテーブルに並べた。


「これ、人数分買ったってことだよなあるじ?」


「ええ。勿論よ」


 俺に応えると彼女はにこりとブリューに微笑む。


「ねぇブリュー、これは海賊が使うカップなんですって!」


「えっ! それは試したい!」


 俺は盛り上がるふたりを横目にジンギベルンビーアをそっとカップに注いだ。


 ……少し茶色がかった黄色ってところか。しまったな……銅だと色がわかりにくかった……。


 発泡性で空気の粒が勢いよく弾けていて、香りは……うん。思ったとおりジンギベルン独特の香辛料みたいな感じで……生薬っていうのがぴったりだ。花というよりは木に近い気がする。


 さて肝心の味は……。


 俺は銅のカップを傾けてそっと液体を口に含む。


 舌や唇が痛くなる系統とは違うぴりりとした辛み。どこか土の温もりを感じる味には甘みもある。


 酒感はもう少し強いのかと思っていたけど……全然度数が高くないなこれ。むしろ絞り汁に糖液シロップを足して薄めたような呑みやすさだ。


 その喉越しは……なるほどジンギベルンの辛みが喉の奥を熱くして強い香りが鼻に抜ける。


 美味しいな、これ。


 ――うん。ジンギベルンビーアの味はわかった。次はこっちだ。


 俺は『生命の水ヴィーテ・ウォタ』を手に取る。


 透き通った瓶にはやはり透き通った液体。


 香りは……うん、すっきり爽やかで森のなかにいるような清々しさが酒に混ざって肺を満たし、俺は少量を口に含んで……思わず目をみはった。 


 うわっ、これ強いな――テキラーナよりも上かも。


 口に含んだときにカーッとくるこの味は一歩間違えばすぐに酔うやつだ。


「どうじゃ若い錬金術師」


 そのときスミノルフさんが皺のある目尻にさらに皺を寄せて笑ったので……俺は我に返った。


「カクトリエルですってば……うん、すごく効きますね。でも……」


 これならジンギベルンビーアと相性は悪くないんじゃないか?


 合わせれば呑みやすくもなるし……度数も調整がきく。


「そうじゃろ。薬の調合はこいつをさらに蒸留して使うんじゃ」


「へぇ……薬品にもなるんですね」


 これだけ強い酒だし体も温まりそうだな。


 俺は頷いてから考え、ふと首を傾げた。


 待てよ? そうするとこれ、寒い地域にもぴったりなんじゃないかな?


 ジンギベルンも体を温める効果があるし、なるほど謳い文句としてはいいかも。


 ガツンと効く酒なら海賊も好むかもしれない。俺はひとりで微笑んだ。


 あとは味だ。


 もっと呑みやすくするにはやっぱりこう、さっぱりとした酸味を足したいな。


 俺は荷物から熱グレプ酒の材料を引っ張り出した。


「……うん、やっぱりこれだろうな」


 手に取ったのはライマ。


 緑色の果皮に包まれている酸味の強い黄みがかった果実。


 俺は酒を混ぜてライマ果汁を絞り、早速味を確かめた。


「……有りだな、これ」


 美味い。思いのほか美味い。


 寒い日に暖かい部屋で呑んだら最高だろうし、暑い日でもこの喉越しはたまらない。


 そこにこの銅のカップっていうのがいい。ものすごく。


 唇と指先にひやりと冷たくて表面は結露するほど。


 もうちょっと調整して……。


 俺が続けて味見をしていると、横からにゅっと手が伸びた。


「キール、僕にも呑ませてよ。自分ばっかりずるいなー」


「あっ、ごめん……」


「そうよキール。あなたお酒のことになると周りが見えなくなっちゃうんだから」


「……気を付けるよあるじ、はいどうぞ」


 俺は適当に言いながら酒を混ぜて差し出した。


 あるじのやつだけ少し『生命の水ヴィーテ・ウォタ』を減らしたのは秘密だ。


 勿論、スミノルフさんにも渡すと……彼は「精霊よ!」と口にしながらぐいとカップを傾ける。


「んーっ! これ美味い! ジンギベルンビーアの味もあるのになんかもっと爽やかだ」


「やっぱり刺激的な味ね、でも……思ったよりずっと呑みやすいわ。ライマが入っているからかしら」


「『生命の水ヴィーテ・ウォタ』のお陰じゃ。いい喉越しじゃの」


 ……マルティさんとシードルさんにも呑ませてあげないとな。


 わいわいと話し出す三人に笑ってから、俺は口にはせずに考える。


 ここまでいろいろあったけど、皆がいなかったらセルドラを捕まえることはできなかった。


 懐に大切にしまってあるレシピ手帳を取り戻すことだって……絶対にひとりじゃ無理だったし。


 俺自身、学ぶことも強くなることも必要だっていうのが痛いほど身に沁みたっていうか。


 だけど手帳は開いていない。爺ちゃんのレシピは爺ちゃんのものだから……俺が見ちゃ駄目だなって思うんだ。


 ただここに、こうやってちゃんとあること。それでいいんだよな、爺ちゃん。


 今頃は王都で記憶を取り戻しているかもしれない。


 帰ったら冒険の話をして、カクテルの作り方を叩き込んでもらおう。


 そこで太陽のような髪を弾ませたあるじが……まるでお決まりのように微笑む。


「それじゃあキール、このカクテルの名前を聞かせてくれるかしら」


 俺はカクテルの喉越しを楽しんでから――ゆっくりと唇を開いた。


「カクテル【コラボラシオン】――協力って意味。スミノルフさんの『生命の水ヴィーテ・ウォタ』とブリューの『ジンギベルンビーア』と……たまたま出会えた売れない『銅のカップ』と。これが交わったことで完成したカクテルだからさ。なにより俺も……皆の協力があってここにいるし」


「いいわね! シードルに言って冒険者たちのギルドに売り込んでもいいかもしれないわ。銅のカップ売りにも教えてあげないと。『生命の水ヴィーテ・ウォタ』も売るならちゃんと量産体制が必要になるわね」


 上機嫌で応えるあるじにスミノルフさんも満更でもない様子だ。


「んじゃそんときはジジイの『生命の水ヴィーテ・ウォタ』は『スミノルフ』って名前にしよう。ほかの錬金術師だって作ってるんだから差別化しないと」


 ブリューが言うけど、はは。それはわかりやすくていいかもな。


 俺は口角をもち上げ、空になった彼のカップに【コラボラシオン】を作ってあげた。



 俺たちが王都へと帰り着いたのは――そこから約一カ月後。


 本格的に氷季が訪れた山脈を迂回してテキラナに戻り、彼らへの物資が行き届いていることを確認してから……だった。

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