フィーリア・レーギス④

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 俺とあるじ、マルティさんの三人はその日の午後には出発した。


 俺の装備はあるじがくれた黒い服と軽めの革鎧、そして美しい装飾の鞘に収められた短剣だ。


 編み上げのブーツも革製で頑丈だし、多少の戦闘にも耐えられる。


 いまさらだけど……これって最初から俺のために用意されていた装備なんだろうな……。返そうとしたら支給品だーなんて言われたし。


 そしてあるじは当然くれない色の鎧ドレスに長剣。


 今日も鍔の広い帽子を被り金色の髪を隠している。


 マルティさんは衛兵の制服ではなく白シャツの上に艶消し銀の肩当てと胴鎧を纏い、下は黒パンツに同じく艶消し銀の脛当てというちょっとおしゃれな装いだ。


 ……うん。たぶんおしゃれだと思う。格好いいし。


 ちなみに胴鎧の内側は体に当たらないよう綿を詰めた厚手の布地になっている。


 俺の革鎧よりは防御力が高いんだろう。


 ――そんなわけで馬車に乗ってついこの前通ったばかりの『転移門』にたどり着くと、多くの人で賑わっていた。


 商人たちに一般人、冒険者もいる。


 今日は開門日で、王都の主要な商会のひとつであるクルド商会が開いてくれていたんだ。


 俺たちは勿論『通行手形』で難なく通過できるわけだけど――門番と一緒に立っていた商人風の男性がぎょっとしたところを見るに、あるじが王女様だってことはわかる人にはわかるのかもしれない。


 そう思ったとき、マルティさんがくすくすと笑った。


「キール君は顔が知れちゃったね」


「……うん? 俺……ですか?」


 話しながら黄金の光に照らされた『殻斗カクトリェル』をいただく門を潜ると……目の前に広がるのはグレプ畑。


 土と草の香りが肺を満たし、行き交う人々が次々と門に吸い込まれたり出てきたりしている。


 ――ちなみに門は左側通行なのでぶつかることはないんだけど、もしかち合ったらどうなるんだろうな?


「そうね、〈宮廷カクトリエル〉カルヴァドスの代わりにカクテルを振る舞った青年~なんて言われて容姿が触れ回られているって聞いたわ」


 あるじはそう言うと帽子を押さえながら人混みに紛れてさっさと歩き出す。

 

「容姿って……え、そうなの?」


「重い赤グレプ酒のようなくれないの髪に〈宮廷カクトリエル〉カルヴァドスとよく似た翠色の目を持つ一見普通の青年、みたいな感じだったかしら」


「はい。いくつかの酒場ではその話で盛り上がっていましたね」


 あるじとマルティさんが笑いながら話すけど……そういうの個人情報じゃないのかな……。


 それに知っていたなら教えてくれよ。


 俺はため息をついて彼らのあとに続く。


 ……それにしても人、多いなぁ。


 開門日ってこんなに賑わうのか――。


 行き交う人々はどこか楽しそうで思わず笑みが浮かぶ。


 俺の右側にはクルド商会の旗を掲げた馬車が列を成し、その荷台には大樽が載せられていた。


 スグリノ村は目と鼻の先だけど……そっちまでずーっと続いている。かなり大きな商隊だ。


 ……これから王都に戻るところらしいけど、なんの酒だろう――そろそろ新物が出回る季節だもんな。


「キール、見て」


 考えながら樽に焼印で押された商品名を見ようと覗き込んでいると、あるじが前を指した。


 俺が言われたとおり視線を上げると……うん?


 あれって役場兼酒場だよな。なんだか人集りが――。


 あるじは目を眇める俺に悪戯っぽく笑うと大きく手を振った。


「スグリノ村長!」


 すると人集りからなんとか身を捻り出した御老人が手を振り返してくれる。


「おお! お待ちしておりました!」


 ――スグリノ村長、スグリノさんだった。

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