スグリノレクス⑩

******


「二部屋、彼と隣り合わせでお願いしたいのだけれど」


 ……あ、そう。


 部屋が一緒ってわけじゃないよな、そうだよな。


 思い切り緊張していた俺はあるじの言葉にがっくりと肩の力を抜いた。


 いや考えれば当たり前なんだけどさ……俺だけ外で寝るか、とか真剣に考えてたのが馬鹿みたいだ。


「魔物を倒してくれたっていうのはあなたたちだね? さっき役場の人が来て聞いたよ!」


 受付をしてくれた恰幅のいい女性はそう言って笑う。


 俺たちが顔を見合わせてから頷くと彼女は鍵をひとつ取り出した。


「それならお礼にうちで一番の部屋をご提供させておくれ。グレプ畑が見渡せる共有部と、個室がふたつあるんだ。個室にもちゃんと鍵が掛かるから安心していいよ」


「まあ素敵。ありがとうございます。お言葉に甘えさせてもらいましょうキール」


 …………。


 え、いや、あれ? そういうもの?


 混乱しかけた俺には目もくれず、あるじは恰幅のいい女性の後ろをさっさと歩いていく。


 部屋は分かれているっていうけど……うーん。いいのかそれで。


 貴族はよくわからないな……。


 ……そんなわけで移動した部屋は控えめに言ってもすごかった。


 共有部の大きな窓からはずっと遠くまで続くグレプ畑とその向こうに連なる山々が一望できる。


 晴れ渡る空を滑るように飛んでいく鳥たち。


 鳴き交わす声は長閑でどこかほっとする雰囲気なんだけど……。


「キール、お風呂もあるわ! 素晴らしい部屋ね!」


 はしゃぐあるじの言葉に……俺はぎょっとした。


 うわ……風呂は共有部か……。


 あるじは嬉しそうだけど……俺、貴族の生活に慣れるのは難しいかもしれない。


「……あのさ、あるじ……」


「なに?」


「貴族は異性であっても従者と一緒の部屋に泊まるのに抵抗ないのか……?」


 あるじはそれを聞くとぴたりと動きを止める。


「…………え。――えぇッ⁉ や、やだ私ったら……! その、むしろ一般の国民はこうしているのだと思って……違ったの⁉」


 途端に真っ赤になったあるじに、俺はむしろ安堵のため息をこぼす。


「なんだ、そっちも気遣ってたのか……はぁ……ならよかった。さすがに違うと思う。けど一般の国民ってのは大袈裟な気もするかな。――じゃあ俺、ノックされるまで部屋に籠もっておくからさ。あるじはゆっくりしてよ。それで手を打とう」


「あ、ありがとうキール……。その……私が変な行動したらまた教えてくれる? ……それと櫛を出すから後ろを向くなり好きにしてちょうだい」


「いやその行動が変だって……」


 思わず突っ込んで後ろを向く。


 ドレスの裾を捲ってばさばさと直す音を聞きながら俺はため息をついた。


 それは貴族でも絶対におかしいってことはわかる……なんでそんなところに櫛なんてしまうんだよ。


 胸のなかでぼやきながら、俺はふと思い立って口にした。


「……あるじはその髪、嫌いなのか?」


「ああ……さっきも帽子のことで気遣わせちゃったわね、ごめんなさい。違うの、嫌いというかちょっと事情があって……あなたにはいつかちゃんと説明するわ。必ずよ」


「……? いや無理には聞かないけど」


「本当にいい人ねあなた。……よし、いいわよキール。それじゃあ酒場に戻りましょう」


「うん? 酒場?」


 あるじの言葉に半身を引いて振り返ると……彼女は得意気に笑う。


「ええ。私はもう少し酒蔵の様子を聞かなければならないし、あなたはお酒が気になっているし。一石二鳥ね!」


 ……それなら移動する必要なかったんじゃないか?


 そう思ったけど……俺は黙っておくことにした。

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