スグリノレクス⑪

******


「……あなたよくそんなに呑めるわね」


 役場の職員に無理を言って小さなグラスに少しずつの白グレプ酒を入れてもらった俺は、テーブルにそれを並べて味見を繰り返した。


 勿論ちゃんとお金は払っている。


 ……呆れるあるじの声に、書き込んでいた手帳から顔を上げた俺は小さく笑った。


「グラスは多いけど量はそんなにないよ。……あるじこそ難しい話ばっかりしてて疲れないか?」


 彼女は役場の職員と今年の酒の状態についてずっと話している。


 やっぱり貴族だけあるよな……あるじが少し話し掛けただけで役場の職員は分厚い資料まで持ってきていた。


 ……その彼は丁度別の資料を取りに奥に引っ込んだところだ。


「私は平気よ。…………そうだ、キール」


「うん?」


「あなた〈宮廷カクトリエル〉を目指すのでしょう? ……私、最近成人したの。だから……」


「あれ、じゃああるじは俺と同い年か。王女様もだったよな」


「えっ? ……あ、そうね……」


「じゃあ俺がお祝いに一杯作ろうか」


「! い、いいの?」


「うん? そりゃ当然いいけど。あ、でも期待しないでくれよ? ……俺も成人したばっかりだから味とかまだ全然わからないんだ」


 あるじはそれでも紅色の目をきらきらさせて嬉しそうに頷いた。


 そんなに嬉しそうにしてもらえるとは思わなかったな……。


 俺は思わず笑って、受付にいた職員に声を掛けカクテル用の道具を貸してもらうことにした。


 ――決まりを守って呑む酒は人を笑顔にする。俺のカクテルであるじを笑顔にできるなら、それはカクトリエルとしての第一歩だ。


 ……爺ちゃんが作ったらあるじをもっと笑顔にできただろうなと思ったけど……それは胸の奥にしまっておく。


 気を抜いたら涙が滲んできそうだった。


「――あるじはどんなカクテルが好きなんだ?」


「えっと……甘いほうが好きだけど、子供向けの糖液シロップみたいな甘さまでいくと苦手かしら……。お母様はさっぱりしたものが好きなのだけど」


「へえ。……そしたら今年の爺ちゃんのカクテルは……」


 きっと気に入ったはずだ、と言いかけて……俺は言葉を呑み込む。


「……キール?」


「あ、いや、なんでもない。……じゃあ甘めにしようか」


 ――『建国祭』で最初にカクテルを口にする人……つまり女王様もあるじの母親と同じ。甘いカクテルより爽やかで辛口なものを好むって爺ちゃんから聞いたことがある。


 それなのにあのカクテル……甘い香りだったな。吞んだら甘くないのかな?


 来賓も投票するから甘くないのがいいとも言い切れないけど……なんだか引っ掛かる。


 村長と話すときに爺ちゃんがなにか言ってなかったか少し突っ込んで聞いてみるか……。


 俺は考えながら酒場にある棚を見回して……柑橘の果実オランジュの酒を見つけた。


 オランジュの酒は種類が豊富で皮の部分のほろ苦さと瑞々しい果実の甘みや酸味が楽しめる人気の酒だ。


 スグリノ村はどうやら甘くないさっぱりした白グレプ酒が自慢みたいだし、合わせるならこれかな。


 俺が手に取ったのはどっちかというと皮のほろ苦さが抑えられていて甘みが強いもの。


 あとは少しの糖液シロップで調整して……。


 そう思ったとき、横からするりと太い腕が伸びてきた。


「お客様にカクテルを作らせるなんてとんでもない! 私がすぐにお作りします、どうぞ席に」


「えっ? ……あー、えぇと」


 彼はさっきまであるじと話していた役場の職員だ。資料を手に戻ってきたらしい。


 鼻息荒く言い切られたもんで、俺は困惑してあるじを見る。


「…………キール、一緒に呑みましょうか」


 苦笑したあるじに俺も苦笑するしかない。


 まぁそうなるよな。


 なんだか張り切っている職員を邪険にするわけにもいかないし、そもそもここは彼の店ってことになるし……。


 どうやら俺があるじにカクテルをご馳走するのは先になりそうだ。


「……ごめんあるじ、またの機会に」


「ええ。楽しみにしているわねキール」


 爺ちゃんのカクテルを探し当てて、爺ちゃんが起きて……そしたら爺ちゃんに教わって……とびきりのカクテルをあるじにっていうのもいいかもな。


 俺は密かにそう思って……彼女の隣に腰掛けた。

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