フィーリア・レーギス⑩

******


「――――」


 扉を入ってすぐの広間で思い思いに過ごしていたのは武器と防具を装備した老若男女たち。


 役場兼酒場は……冒険者たちの詰所となっていた。


 うわ、なんか物々しい雰囲気だな……。


 真っ赤な分厚い鎧の人、白い大剣を背負う人、双剣使いで革鎧のふたり組、それに――あれまさか魔法使いメイジか?


 思わずポカンとしていると厳つい体躯の壮年男性がずいと前に出てきた。


「なんだ、討伐参加希望者か?」


 短く切り揃えられた銀髪と同じ色の手入れされた顎鬚。少し吊り気味の目尻を持つ――けれど大きな薄紫色の瞳は思慮深く優しげだ。


 彫りの深い顔立ちに似合う渋い声はどこか爺ちゃんを思い起こさせる。


 纏う鎧は黒。銀細工の施された黒い鞘には幅広の両手剣。


 強そうだな――!


 俺があれこれ考えていると、あるじがさらっと言った。


「……そうね、参加希望よ」


「って、えぇッ⁉ あ、あるじ⁉」


 ぎょっとした俺に冒険者らしき壮年男性はカラカラと楽しそうに笑う。


「従者はそう言っているけど、どうするお嬢さん?」


「希望するわ。こう見えて彼は勇敢なのよ? 街道に出た魔物・・・・・・・の片目を斬って追い払ったのは彼だから。……貴方たちが狙っているのは熊のような大きな魔物で間違いないわね?」


 あるじは悪戯っぽく笑うと男にそう返し、半歩後ろにいたマルティさんが苦笑して肩を竦めた。


 途端に思い思いに過ごしているらしき冒険者たちの興味の視線が体中に突き刺さるのを感じる。


 いや、勇敢って……正直欠片も持ち合わせていなかったんだけど。


 マルティさんも止めないでいいのかな……。


 口にはせず俺が眉を寄せた眉間をぐにぐにしていると……壮年男性は「へえ」と言って右腕を上げ、親指で後方を示した。


「……俺は冒険者を纏めるシードル。奥に町長がいる。その魔物の話を聞かせてもらえないか」


「ええ、勿論よ。そのために来たんだもの」


 本当の目的は酒造状況の調査のはず……なんだけど。あるじが放っておけない性格なのは身に染みて理解しているつもりだし。


 俺は黒い瞳を困ったように瞬かせるマルティさんと目配せして……お互いに諦めの笑みを浮かべる。


 ――そうしてシードルと名乗った壮年男性に案内され、入口付近の広間を通り奥の廊下を抜けた先。


 俺は思わず感嘆の吐息をこぼした。


「おお……」


 棚に並ぶ数々の酒、酒、酒。


 カウンターに用意されたグラスの数々。


 調理場からくゆる香辛料の香りが満ちた広い空間。


 並べられたテーブルを囲む椅子にはやはり冒険者たちの姿があって……うん。


 これぞ酒場っていうのかな、なんだか少し懐かしくもある。


 馬鹿騒ぎするって状況ではないと理解があるようで、冒険者たち彼らは皆食事を取っているらしかった。


 手元に酒がある人もいるけどそれくらいは許されるだろう。


 心を落ち着かせるのにたしなむ人だっているもんな。


 俺がひとりで頷いた――そのときだ。


「……なんだ。酒が気になるのか? 成人はしているか?」


「あ、はい」


 いつのまにか隣にいたシードルさんに突然声を掛けられた。


 思わず頷くと、彼はカウンターの向こう……棚に並んだ酒を指して微笑む。


 その人懐っこい笑顔は……なんというか同性からしても格好いいなと感心したほどだ。


「協力者は無料だ。参加するなら吞んでいいぞ」


「……え、そうなんですか?」


「ああ。お前のあるじが許すならな」


 ……まあ、あるじは許してくれるだろうけど。


 俺はゆっくりと首を振った。


「――魔物がなんとなったらにします」


「はは。そうか。……さて、あちらがテキラナの町長だ」


 シードルさんは目尻に皺を寄せて人懐っこい笑顔を浮かべるとあるじに向かってそう口にする。


 俺は度数の強い酒が並ぶ棚をもう一度だけ眺めてから……奥へと進む彼女に追随した。


 ――そして。


 酒場の一番奥……難しい顔で席に着いていた女性はテーブルに肘を突き顔の前で手を組んだまま、歩み寄る俺たちをじっと見詰める。


 ばさばさの赤茶色の髪はいかにも適当に首の後ろで束ねられ、同じ色の目は重たい瞼の下で暗い感情を湛えていた。


 頬に刻まれた皺は女性が過ごしてきた日々を色濃く表し、疲れた表情が心情を描き出している。


「テキラナ町長。彼女たちは討伐参加希望者で、どうやら街道で魔物と遭遇したらしい」


 シードルさんが告げると彼女は顎で向かいの椅子を指し、思いのほか鈴のような声で言った。


「話を聞かせてもらいましょう。ただ……討伐参加は許可しかねます」

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