フィーリア・レーギス⑪

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 あるじは町長の言葉を聞き流し、街道に現れた魔物についてを淀みなく説明した。


 町長は静かに聞き終えると閉じていた瞼を薄く開き……吐き捨てる。


「……このままではテキラナは氷季ひょうきを越せないかもしれませんね……」


 氷季ひょうき


 氷の魔素が強まり寒くなった季節はそう呼ばれるんだけど……それを越せないってどういうことなんだろう?


 首を捻るとあるじは静かな声で言った。


氷季ひょうきを越えられない理由はこの冷たい気候によるグレプの凶作と魔物――ということでいいのかしら?」


「まあそんなところだな。――ただし事態は急を要する。酒蔵さかぐらのいくつかが魔物の寝倉にされて残りの酒蔵も籠城状態――そこに暮らす町民の救出が必要だ」


 応えたのはシードルさんだ。


 町長は暗い表情のままゆるりと瞼を伏せ、深いため息をこぼす。


「酒蔵の従事者が襲われて大怪我をしています。治療にも酒蔵復興にもお金がかかりますから――こうして酒場のお酒を振る舞う条件に同意してくださった冒険者だけがここにいるのです。今年のお酒は見込めない――つまり収入も期待できません。……テキラナの町はあなたたちに払えるお金がない。参加の許可ができないのはそれが理由です」


 俺はそこで思わず眉をひそめた。


 そっか。俺たちが『冒険者』に見えるなら、報酬を求めて参加を希望したって考えるのが当然だもんな……。


 するとあるじがきゅっと唇を噛んだ。


「……つまりテキラナは……このままでは異常な氷季ひょうきに備えるすべがない……そういうことね?」


「――ええ。魔物のせいで酒蔵で働いている者は職を失ったも同然の状況です。しかも今年の魔素はどこかおかしい……グレプが凶作になるほどの冷たい空気がそれを示しています。厳しい氷季ひょうきになった場合――暖かい気候に慣れた者たちにとっては生命いのちの危機になりかねません」


 町長はまるで頭が痛むかのように両手で額を覆う。


「かといっていま魔物のお触れを出してしまえば、混乱した町民は町を出ようとするでしょう――知っての通り街道にまで現れる馬車すら畏れない魔物です。避難する術も用意してからでないと」


「…………」


 あるじは町長をじっと眺めたあとで小さく息を吐いた。


「やっぱりもっと早くに調査するべきだったわね。……キール、ここの名産は『テキラーナ』よ。申し訳ないのだけど持ってきてくれるかしら?」


「うん? ……ああ、わかった」


 一瞬驚いたけど……あるじの言いたいことはなんとなくわかったんだ。


 ここの名産をあえて口にして……もう一度討伐参加を表明したいんだろうな。


 本当は身分を明かせば一番早いだろうに、それをしないのはあるじらしいのかも。


 俺は頷いて立ち上がり……カウンターの奥へと移動して酒の並ぶ棚から『テキラーナ』を手に取った。


 ただ……気になることがひとつ。


 これ――めちゃくちゃ酒としての度数が高いんだよな……。


 口に含んで吞み下した瞬間、容赦なく鼻を駆け抜ける酒特有の香り。


 次いでカーッと焼かれるような強烈な喉越しが襲い掛かってきて……ある意味驚異的でもある。


 自分でも最初に試したときに思い切りむせ返ったほろ苦い記憶がある酒だ。


 あるじ……大丈夫かなぁ。


 数口程度の小さな器を手にして俺はうーんと唸る。


 するといつのまに隣に来ていたのかシードルさんが言った。


「なあキール君。悪いことは言わない、やめておけ」


「――強い酒だからですか?」


 俺より少し高い目線を真っ直ぐ辿ると、彼は肩を竦めて片目を瞑ってみせる。


「それもあるが……彼女は見たところ貴族のお嬢さんだろう? 戦わせるだなんてとんでもない。無謀じゃないか?」


 貴族どころか王族だけど。


 俺は胸のなかで呟いて、ひとまわり大きな器に持ち替えた。


 無謀なのは確かだし。


 本来なら戦うべき人じゃない、のかもしれない。


 でもあるじは――必要だからと戦う術を身に付けたんだ。


 それはきっと冒険者たちも同じはず。


 そして俺も……そうじゃなきゃ駄目なんだ。


「…………」


 俺が無言で器に注いだ『テキラーナ』はその透き通った見た目から『シルバテキラーナ』とも呼ばれる。


 樽で熟成させるとそれが黄金色へと変わっていくんだけど、そっちは『ゴルトテキラーナ』なんて言うんだ。


 熟成を経たゴルトシルバより柔らかく甘い味わいが出るんだけど……キリッと辛くてすっきりしたシルバのほうがなんにでも合わせやすく、カクテル向きとされていた。


 ――それを。


「……ん、おいキール君?」


 シードルさんの前で――俺は一気に吞み乾す。


 鼻を駆け抜ける酒の香り。喉に熱く感じる『テキラーナ』特有のキリリと鋭い吞み心地。最後に残るのは高揚感だ。


「……っは、やっぱり効くなぁ……。これで俺たちは『参加決定』ですねシードルさん。彼女は『テキラーナ』みたいに強烈ですよ? あなたたちに戦わせて見ているだけの人だったら――俺はここにはいません」


 あるじ――カシスが俺の手を引いてくれたから。


 だから俺は爺ちゃんのために動くことができたんだって思う。


 そりゃ危ないことはしてほしくないんだけど、はっきり言って俺のほうがずっと弱いし。


 無謀だからやめろ、なんて。どの口が言うんだって話だよな。

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