コラボラシオン②

******


「キールッ!」


 シードルさんと宿に戻ると何故か馬を引っ張っていたあるじが素っ頓狂な声を上げた。


 明け始めた空の下、肌が切れそうなほど冷たい空気のせいか彼女の指先が赤くなっている。


「――あるじ


 彼女はくれない色の鎧ドレスの裾を翻し、もの凄い勢いで俺の前まで掛けてくると、両腕を上げてガシッと俺の肩を掴んだ。


「もう! 勝手にどこに行っていたの⁉ 怪我だってしているのよ! 心配させないでッ――私――」


 その瞳が揺れたと思った瞬間……彼女はぎゅっと唇を噛んで俺の肩を突き放すように後ろを向く。


「――キール君。黙って出ていくのはさすがに心配するよ。あとでお小言を聞いてもらうから」


 あるじが引いていた馬の手綱を手にしたマルティさんがそう言って……俺はさすがに申し訳なくなって首を竦めた。


「はい……すみませんでした……あるじも、その……ごめん。泣かないで、大丈夫だから」


「……、な……泣いてなんかいないわ。王族は涙を見せないものだもの! ――中に入るわよ、話を聞かせてキール」


 彼女はそう言うと肩越しにちらと俺を見て――右足を大きく踏み出した。


「あなたをそんな目に遭わせた奴、絶対に許さないわ。牢屋行きよ! だからあなたは安心してキール」


「……え、あー……うん、そうだな、頼りにしてるよあるじ


 それじゃ温いなんて言葉、今度は出なかった。


 シードルさんもあるじも……どうしてこう優しいんだろう。


 苦笑した俺の肩を今度は柔らかく叩いたシードルさんがマルティさんを見る。


「それで、その馬はなんだ?」


「カシス様がキール君がいないのに気が付いて捜しに行こうと飛び出した結果ですよ。馬だって眠っていたと思いますけどね」


「……すみません、もうしません」


 俺はにっこり微笑んだように見えて静かに怒っているマルティさんに、深々と頭を下げるのだった。


******


 倒れていた俺を見つけてくれたのは冒険者だったらしい。


 発見時の状況を聞きながら俺とマルティさんの部屋に戻り、俺を襲ったのは誰なのかを伝えるとあるじの顔色がさっと青くなった。


「なんですって? ここにセルドラが――⁉」


 ベッドに腰掛けていた俺は頷いてから膝の上に肘を突き、手を組んで額を押し付ける。


「間違いないよ。セルドラは魔法で俺を襲ったんだと思う」


 こぼすように言った瞬間、あるじが椅子からバッと立ち上がった。


「――すぐに追うわよ。一発くらいぶん殴ってやらないと気が済まないわ」


「うん⁉ いやいや、王女様がそんな物騒なこと言わないで! ……ごめんあるじ、俺の頭も冷えたし――テキラナだって氷季ひょうきに備えないとだろ? もういいからあとは衛兵たちに任せよう」


 慌てて口にすると一緒に来てくれていたシードルさんが少し考える素振りを見せ……首を振る。


「いや……行くならいましかない。聞いた感じじゃそいつはなにかやらかして逃亡中ってところだろ? まさかスグリノ村方面には行かないはずだ。氷季ひょうきが到来すりゃ山脈には雪が降る。――通れなくなるぞ」


「そうですね。下手をすればセルドラ自身が命を落とします。追い掛けて確保しないと糾弾することさえできなくなるかもしれません。キール君が頭を打ったのは土だったけれど――もし石だったらと思うと僕だって殴りたいくらいだ――いや殴るのは決まりだね。カルヴァドスさんのこともはっきりさせないと」


 マルティさんまで同意して……俺は困惑に口角と眉尻を下げる。


「でも……俺たちだって防寒装備なんて持っていませんよ」


「そこは安心しろキール。冒険者から買えるはずだ」


 シードルさんはにやりと笑うと……胸の前、右の拳を左の手のひらでばしんと受け止めた。


「山脈に行くなら護衛と案内を俺に頼まないか? とはいえ格の高い女性を守るのにただ働きは荷が重い。安くしておく――どうだ?」


 薄紫色の瞳は冒険が待ちきれないとでも言うようにギラリと光り、俺たちは顔を見合わせる。


 するとあるじがぱさりと金色の髪を払って小さく息を吐いた。


「いいわ。お願いする。どのみち私たちも冒険は素人に近いもの。それと私が怪我したり最悪命を落としたとして、あなたに迷惑はかけないから安心して」


「――カシス様、そのような言い方は」


 窘めるような口調で言ったマルティさんにあるじは唇を引き結んで首を振る。


「いいのよマルティ。そうと決まれば王都に文を送りましょう。テキラナの備えを依頼するのと一緒にこのままセルドラを追うことを伝えるわ」


 シードルさんは顎鬚を左右にザリと擦ってから歯を見せてにやりと笑った。


「決まりだな――準備は任せておけ。お前さんたちまだ寝てないだろう? 出発は午後だ、まず眠ること。なぁに、すぐに追い付けるさ」


 その言葉を聞きながら、俺は。


 ――あるじのその言い方はやっぱり好きじゃないな。


 自分がひとりで出ていこうとしたのを棚に上げ、胸のなかでそう呟いていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る