コラボラシオン⑬

「……このおおぉ……ッ」


 俺は迷わずセルドラへと向け地面を蹴った。


 だけど。


「吹き荒れろ」


 にい・・、と。醜悪に歪んだセルドラの唇が動き――俺の足下から風の渦が吹き上げる。


「あははッ、ははは! 今度こそ散れ能なしッ!」


 高笑いをするセルドラ。


 足は呆気なく地面から離れ、高く、高く、高く――跳ね上がる体に俺は宙を掻く。


 こんなところで――こんなところで、俺……死ぬのか?


 遠く離れた地面に積もった雪が目に染みて……悔しさが涙になって滲む。


 でも。最高点まで到達した体が落下を始める、そのとき。


 真っ白な世界のなか――太陽のような金色が見えて。


「……あるじ……?」


 思わず、声がこぼれた。


 自分が死にそうだとか、恐いとか、悲しいとか苦しいとか……そんなのは全部吹き飛んだ。


 翻る紅色のドレスの裾。俺を見上げ疾走するその姿。


 悲鳴が雪舞う空を切り開いて耳朶を打つ。


「――キールッ!」


「……あるじ……カシスッ! 駄目だ離れて――ッ」


 駄目だ、セルドラに近付いたら魔法を撃たれる――!


 瞬間、俺はなにか……飛んできた球のようなものが俺と地面のあいだで弾けたのを見た。


 途端に見えない空気の塊のようなものが弾力とともに俺を受け止め、息が詰まる。


「……んぐッ⁉」


 咄嗟に球の飛んできた方向に目を向けると、ブリューが親指を立てて笑っているのがわかった。


 ブリュー……よかった……無事だった……! そうか、いまのが魔素玉まそだまってやつだな!


 理解したと同時に空気の塊は溶け消え、地面に落ちたけれど体を打ちつけたくらいだ。


 俺はすぐにあるじを遠ざけようと跳ね起きる。


あるじ、来ちゃ駄目だ――ッ」


「なに……? まだ散らないか能なしめ――ふん、まあいい」


 セルドラの馬鹿にしたような声は……俺を通り越して彼女に向けられた。


「貴女の命はさすがに取れませんから加減・・しましょう、リルカシス王女様。――僕のもとでせいぜい可愛がって差し上げます」


「黙りなさいッ!」


 右腕を外側へと振り抜いて剣を抜き放ち、あるじは俺のそばへと駆け寄ろうとする。


 セルドラはくくっと笑うと割れた腕輪を突き出した。


「吹き荒れろッ」


「カシスに手を出すなあぁ――ッ」


 風が放たれたのをたしかに感じ、俺は同時に踏み切る。


「カシス――ッ!」


 思わず手を伸ばした俺の前、金の髪と…………ドレスの裾・・・・・が巻き上がって――。



 ――それだけ……だった。



「…………は?」


 セルドラの間の抜けた声と……紅色の双眸を見開き硬直するあるじと……真正面から見てしまった俺のあいだにおかしな空気が流れる。


 ああ――うん。重かったんだな…………鎧ドレスが。


 えぇと。タイツだって履いていたし、いつも自分で捲っているけど……そうだよな、これはそういう問題じゃあないよな……。


 あるじがいたたまれない。


 そして。


「そこまでですセルドラ」

「加減した結果がこれってのは……ははっ、運がない奴だな!」


 風が掻き消え、ぱさり、とあるじドレスの裾が下りたところで……気がつけばマルティさんとシードルさんがセルドラの腕輪を取り上げ押さえつけていて。


「……なん……いや……何故飛ばない⁉ そんなに重いのか⁉」


 信じられないって顔をしてあるじに言い放ったセルドラに……顔を熟れたアプルのように真っ赤に染めた彼女はぷるぷると震えながら俺を見た。


「……ッ! キールッ! 許すわ! その無礼者を一発――思いっきりぶん殴りなさいッ!」


「――仰せのままに、我があるじッ!」


 俺はマルティさんとシードルさんに押さえつけられたセルドラに向け口角を吊り上げてみせる。


 セルドラはぎゅっと眉を寄せ、なにか言おうとしたけど――誰が聞いてやるかって話だ。


 俺は思い切り右の拳を振りかぶり――吐き出した。


「一発で済むなんてあるじの優しさに感謝するんだな。俺は――お前なんか大嫌いだッ! 裁かれて朽ちろセルドラ――ッ!」


 ゴッ――!


「ふぐぅッ!」


 ……その女性受けしそうな大嫌いな顔の頬を捉えた一発は――セルドラの意識を見事に刈り取ったのだった。

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