コラボラシオン⑥

******


「おかえりなさ……って、えぇッ⁉」


 俺を振り仰いだあるじが跳ねるように立ち上がる。


 まあ、当然だ。


 いきなり人を担いで帰ってこられても困るだろうし。


 俺は空いてる左手をヒラヒラ振って生温い笑みを返した。


「酔いつぶれたお爺さんを拾ってきたよあるじ


「え、えぇ……どうしてこんなところで酔いつぶれてなんか……と、とりあえずテントへ寝かせましょうか――いえ、なんだか薄着だもの、焚火のそばがいい……?」


 あるじは頭を振って応える。


 するとシードルさんがしげしげとお爺さんを眺めて口にした。


「そこまで凍えてるようには見えない、寝袋はあるしな」


「ならテントね。キール、あなたも大丈夫? 重かったでしょう」


「いや、この人、布の中身は細いみたいだ。あるじよりは軽かったかな?」


「……! も、もうキール! だから、これは……ドレスが鎧になっていて……ッ!」


「ふふ。わかってるよあるじ


「なんだキール。お嬢さんを担いだことがあるのか? やるなぁ」


「あなたは黙っていてシードル!」


「はは、御意に」


 口を挟んだシードルさんに真っ赤になって怒鳴ったあるじ


 シードルさんは両手を上げてみせると俺を手伝ってくれた。


 ……ちなみにあるじが彼を呼び捨てにするのは本人が希望したからだ。


 なんというか、そういう・・・・身分の人に「さん付け」されているとムズムズするらしい。


 まあ、わかる気がするな。


 ――俺の場合は問答無用で呼び捨てだったけど。


 そうして俺はテントにお爺さんを寝かせた。


 豊かな白髪。生きてきた時間を刻み込んだような皺のある顔。


 その肌を奔る模様は……そうだなぁ。三角をひと回り大きい三角で囲ったり、ともすれば三角同士が直線で結ばれていたりと……とにかく不思議な模様だ。


 染料はたぶん深い緑。それから黒に近い赤。


 なにか意味があるんだろうな。


 お爺さん本人は気持ちよさそうに眠ってるけど様子は見ておかないとならないか……。


 あれこれ考えつつ戻るとマルティさんが俺の胸ぐらい高さがある荷物の紐を解くところだった。


 なにかあってからじゃ遅いし、中身を確かめる必要があるんだろう。


「…………」


 そして荷物を覆っていた黒い布がはらり、と落ちる。


 はたしてその中身は――。


「――これ……蒸留器ですか?」


 思わず呟いた俺にマルティさんが頷く。


「そのようだね。さすが錬金術師……」


 ……酒でも作ってたのかな?


 するとあるじが蒸留器を見下ろして首を捻った。


「――精霊と話すためにお酒を呑んでいたのかもしれないわね」


「精霊と? ……そういえば精霊の秘技がどうとか言ってたかも」


 応えた俺に彼女は金色の髪を揺らし、大きく頷く。


「物語にも出てくるわ。精霊はお酒好きで、お酒を楽しむ者の前に現れるって」


「……そっか。殻斗カクトリェルで酒を作っていたときもそうだもんな。……あとはたしか……ヴィーテとか言っていたかな」


 するとあるじは焚火の横に戻って座り直し、ささっと手を動かした。


 その手に小さな手帳が現れ、俺は思わず額に手を当てる。


「――あるじ……」


「あら、今回は忍んだわ?」


 マルティさんとシードルさんの前だぞ、と言いかけて俺は言葉を呑み込む。


 ――いや違う。俺の前だって駄目。慣れちゃいけない。


「……えぇと、ヴィーテは『生命いのち』のこと。彼は錬金術師でしょう? たぶん『生命の水ヴィーテ・ウォタ』を作るつもりだったのね」


「ほお。お嬢さん、さすが博学だな。『生命の水ヴィーテ・ウォタ』は蒸留酒の始まりだろ? つまり酒だな!」


 シードルさんが薄紫色の目を瞬くと手帳を開いたあるじは嬉しそうに微笑む。


「ええ。テキラーナも『生命の水ヴィーテ・ウォタ』がもとになったって言われているわ。原料は違うけれど……ほかにもあるはずね」


「我が故郷のテキラーナが一番美味いけどな」


「あれ、シードルさんもしかしてテキラナ出身なんですか?」


 ふと俺が聞くと彼はくくっと喉を鳴らして笑った。


「そうさ。ちなみにテキラナ町長の放蕩息子だ」 


「――へえ。そういうことは早く言いましょうね?」


 マルティさんがにこりと頬を持ち上げると、冷えた空気がいっそう身に染みる。


 ふるりと震えたあるじが小さな声で「マルティは怒ると恐いのよね」と呟いたのが耳を掠めた。


「ま、まあまあマルティさん。……あの錬金術師のお爺さん、もしかしたらセルドラにも会っているかもしれません。起きたら聞いてみましょう」


 俺は慌てて場の空気を取り持ちながら、さっき準備した小鍋を焚火に載せた。


 そうしてしばらくポツポツと話をしていると鍋の中身がいい感じに熱せられ、ほのかな甘みを含んだ香りが立ち上る。


「……いい香り」


「そろそろいいはず。はい、器出して」


 俺は幸せそうな顔をしたあるじに手を出し、そこに載せられた木製の器に中身を注いだ。


 濃いくれないの液体は白く柔らかな湯気の尾を引いている。


 シードルさんとマルティさんにも渡したあと、少しだけ残ったものを自分の器にも。


 あるじはふう、と息を吹きかけて湯気を溶かし、それを口にした。


「わ……キール、これ美味しいわ! ……甘いけど、そうね。最後に残るのがジンギベルンかしら……?」


 唇を器から放すあるじは両手で器を包み込みながら俺を見た。


「うん。ジンギベルンの辛みと香りって独特だからな。ほんの少しあとに残るか残らないか――俺はそのくらいが好きなんだ」


「はあー、沁みるね。温めたカクテルは初めて呑むよ」


「俺もそうだな。甘くてしつこい味だろうと思っていたが……これはなかなか……いい味だ。甘すぎず辛すぎず……」


 マルティさんとシードルさんも気に入ってくれたみたいでよかった。


 熱グレプ酒は寒いときにいいって聞いていたし興味はあったけど……なにせ成人したばかりの俺は呑んだことがない。 


 爺ちゃんに聞いておいてよかったと思いながら……俺も熱グレプ酒を口にして空を見上げた。


 星々の明かりは今日も瞬き、切れそうなほど冴えた空気が澄んでいることを物語る。


 ――きっと爺ちゃんのレシピ手帳にも載ってるんだろうな、もっとこう、独創的で美味いやつが。

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