コラボラシオン⑩

******


 爆ぜる火の粉が舞い上がり冷たい灰色の空へと溶け消えていく。


 ブリューは穏やかな態度で火を起こしたあと、両手を擦ってかざし、くしゃみをひとつ挟んで俺に笑った。


「キールはいい奴だな! 文句言わないでちゃんとおとなしくしてくれるし」


「…………別に文句がないわけじゃないよ」


 このあいだにも雪が積もってあるじたちが危ないかもしれない。


 俺たちだってそうだ。


「怒ってないわけでも焦ってないわけでもない。いまブリュー殴っていいならそうしたい」


 俺はそう続けてはあーっと息を吐き出した。


 白く煙るそれが空気に溶けていくと……ブリューは怒られた犬みたいな顔で横髪を揺らす。


「……それは、本当にごめん。でも別に命取ろうってわけじゃなくてさ! 崖から落ちて助かったのは僕のお陰なんだ。落としたのも僕だけど――」


「セルドラに襲われたときも風の魔法で崖から落とされたって話してたよな。あんまり気にしてなかったけど……それと同じ方法かなにかってことか」


「そう! ジジイの錬金術で作った魔素玉まそだまを使ってさ。……でも僕には時間がなかった。だから取引したんだ蒼髪と。ジジイ助ける代わりに『紅髪と翠目の男』と『金髪で紅目の女性』そのどちらか……もしくは両方を足止めするって」


「……どういうこと?」


 聞き返すとブリューは荷物から乾肉を出して俺に差し出した。


「食べて。貴族様ともちゃんと合流させてあげるから――ジジイもあっちにいるし信じる理由にはなるでしょ。僕は足止めだけできればそれでよかったんだ、目的は達したからもうなにもしない。あっちはシードルがいるんだから大丈夫だよ。あの人、かなり腕のいい冒険者だと思う」


「……」


 たしかにシードルさんやマルティさんがいればあっちは大丈夫だろうな。


 きっと俺を捜してくれるはずだし、問題があるとすればこの雪だけ。


 俺が黙って乾肉を受け取ると、寒そうに身震いしたブリューははにかんだ。


 そういえばブリューは自分のマントをスミノルフさんに渡していたんだよな。


 スミノルフさんのマントはセルドラに盗られたらしいし……。


 助ける代わりに足止めをするって話だけど――さっきの説明だけじゃよくわからなかった。


「……仕方ない。温まるもの作るからもう少し詳しく話してもらう」


 俺の言葉に――ブリューはぱっと笑顔を咲かせて頷いた。


「ありがとう」


「……ブリューがいないと俺ひとりで生き残れる気がしないってだけだから。信用はしないからな!」


「それでもいいよ、キールはいい奴だ」


******


 乾肉をかじりながら……材料がまだあったから熱グレプ酒を作ると、ブリューは「美味い!」と連呼しながら堪能し、温まったのか話し出した。


 スミノルフさんには持病があって定期的に薬を飲んでいる。その薬が荷物と一緒にセルドラに奪われてしまったそうだ。


 当然追い掛けたところで魔法をくらい崖から落とされたブリュー。


 それでも『魔素玉まそだま』ってやつのお陰で対応できたらしい。


 この道具は言葉どおり魔素を閉じ込めた玉で、単純に言えば魔素の爆弾なんだって。


 弾けさせることで魔法みたいな力を引き出せるっていうんだから……まあ魔素を使った道具と同じようなものなんだろう。


 幸い崖はそれほど高くなく、すぐに追い付くことができたブリューにセルドラも焦ったんだろうな。


 ブリューが薬だけでも返してくれと言った途端、取引を持ち掛けたそうだ。


 スミノルフさんは薬を飲まなくちゃならない。……時間がなかったブリューはそれを承諾して薬を受け取り、俺が連れていってしまったことで忽然と姿を消していたスミノルフさんを捜すことになる。


「たまたま持病の発作は起きていなかったからいいけど……本当に危険なんだ。その薬を作るのにもお金が必要でさ。だから『生命の水ヴィーテ・ウォタ』を売らなくちゃならないのにちっとも売れないし――資金も底を尽きそうだったからどうしても薬だけはって思って」


 ブリューはそう言うと熱グレプ酒を口にしてふはーと幸せそうな吐息を漏らす。


 ……そんな美味しそうに呑んでもらえるっていうのは正直嬉しいんだけど……はあ。


 胸のなかでため息をついた俺は熱グレプ酒を呑んでブリューを眺め、唇を開いた。


「だから荷物に対しても積極的に取り返そうとしてなかったんだな」


「あ……うん。本当は薬さえ返してもらえれば蒼髪との取引なんてどうでもいいって思ったんだ。蒼髪自体は気に入らないし。……だけどあいつ……ジジイのこと知っているみたいで。あとでなにかされても困るから足止めくらいはってさ」


 ブリューはそこで揺らめく炎を見詰めたまま押し黙る。


 錬金術師は恨みを買うことが多い――なんてシードルさんが言ってたしな。


 セルドラがスミノルフさんを知っていたのならなにかあったのかもしれない。


 崖の上で戦った怪鳥――『ヤールアイシクル』とかいう魔物を巻き込んで爆発した瓶だって、きっとスミノルフさんが作ったんだろう。


 あんなのを作るのが錬金術師だと思うと彼らはまだ底が知れないよな。


 だけとブリューの話は……どこか自分のことみたいに思えた。


 俺だって爺ちゃんのためだと言われたら誰かの足止めくらいしてしまうかもしれない。


「……俺の爺ちゃんさ、セルドラに襲われて死にかけたんだ。いや、たぶんセルドラは爺ちゃんを亡き者にするつもりだったんだよ」


「えッ……」


「それで大切なものを盗られた。……俺もテキラナでセルドラに襲われて気を失ったし、あのときも条件が悪かったら俺、死んでたんだよ」


「…………」


「だから知らなかったとはいえセルドラに加担したブリューには腹が立つ。だけど……ブリューもスミノルフさんを助けたかったのはわかった」


 ブリューは身を縮こませると唇を引き結んで眉尻を下げ、眉間に皺を寄せた。


「ごめん……キール……。許されることじゃないけど」


「別に構わないよ。俺はセルドラを必ず捕まえるってだけ……スミノルフさんに手出しさせるような状況にはしない、約束する」


 まあ、それを実行するのはたぶんあるじだけど。


 俺が言い切ると……ブリューは小さくため息をこぼしてから俺を真っ直ぐに見た。


「なら――進まない? 僕と」

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