コラボラシオン⑪

「…………うん?」


 正直ブリューの言った意味がさっぱりわからなかった。


 聞き返すと彼は忠犬よろしく茶色い瞳で俺を見詰めたまま大きく瞬きをする。


「やっぱりあの蒼髪を放っておいたら駄目だったんだ、最初から。取引した僕が言うのもなんだけど僕たちでなんとかしないキール? 貴族様たちを待たずに進めば僕たちは蒼髪に奇襲がかけられる」


「それは……そうだろうけど」


「崖のない場所なら風の魔法を使われてもなんとかなるよ」


「……ブリュー。問題は俺なんだ……そんなに戦えないっていうか、戦闘なんて素人でさ」


「そんなの見てわかるよ。だから奇襲するんだ」


「み、見てわかるって……そんなに酷いか……」


 俺が肩を落とすとブリューは「酷いってほどじゃないけど」と一応否定してから続けた。


「キールはジジイ助けてくれたのに……このまま自分のせいで蒼髪を捕り逃がしたら後悔するなぁって思って。それなら崖を下りる時間を短縮できたことを有効活用しないとね。雪も降ってきちゃったし戻るよりは進むほうが早く山脈から出られるよ」


「…………」


 それ、真っ直ぐに落ちたからだよな。どの程度落ちてきたのかは考えたくないけど……。


 俺は雪が舞い煙る空を見上げ……胸のなかでそうこぼしてから頷いた。


「わかった。でもきっとここにあるじたちが捜しにくるからなにか目印を残そう。それから奇襲の方法は? 案があるのか?」


 ブリューは「そうこなくちゃね! 動きながら話そうかー」と言うと、跳ねるように立ち上がり洞窟の入口の上に布を縛った矢を穿うがつ。


 なるほど、これなら雪で隠れることもないだろう。


 それだけじゃなく布の先が目の高さにあって、彼はそこに炭で『ふたりで先に進む』と書き記した。


「夜までには道に出ようキール。蒼髪と遭遇するのはたぶん明日の夕方くらいじゃないかな――蒼髪も雪で焦ってかなり急ぐだろうしね。奇襲の方法は道中ですり合わせしよう」


「了解。……ところで道がどっちかわかるのか?」


「それは任せてよ。僕、地形覚えるの得意なんだ。行きに通ったときに見えた山の位置も崖から確認できたし、なんていうか昔から方角がわかるんだよね」


「へぇ……ブリューすごいんだな」


 偏見……なのかもしれないけど、そういうのも犬っぽい。


 そうして俺たちは火の後始末をしてから進み始めた。


 ――あるじ、心配してるだろうな。


 崖から落ちたのは不可抗力だったとはいえ、また勝手に行動しているのも申し訳ない。


 だけど――ここで合流を待つよりはブリューの言うとおり時間を有効活用できると思う。


 爺ちゃんのレシピ手帳を取り戻すんだ、必ず。


******


 次の日の昼ごろ……俺たちが奇襲に選んだのは木々が疎らに生えた場所だ。


 山脈から続く坂はなだらかになっていて……やがて平原となり、さらにその向こう――遠くない場所に港町があるらしい。


 灰色と黒の入り混じる空から静かに降り注ぐ白い雪は、山裾でもちらちらと舞っていて足下に薄く積もっていた。


 俺たちはまず針葉樹の上と地面それぞれに隠れるための場所を作り、少し休むことに決める。


 俺は地面に身を伏せ、セルドラを捕らえるための作戦を頭のなかで反芻した。


『いいキール? 大半の魔法は密着すれば使えないんだ。自分も巻き込んじゃうからね。だから僕たちの奇襲はいかに気付かれず蒼髪に肉薄して縛り上げるかだよ』


 ブリューはそう言って自分の右手首を左手で指さした。


『蒼髪は右手首の腕輪を媒介に魔法を使ってたみたいだ。その腕輪は僕が射抜く。キールは蒼髪から絶対に離れないでね』


 ……腕輪を射抜く自信がブリューにはあるんだな。


 たしかにスミノルフさんが投げた瓶を正確に射たくらいだからやれそうなものだけど。


『僕のことは信じられなくても僕の弓は信じて』


 そう言うブリューは人懐っこい犬のような顔で笑った。


 ――大丈夫。俺はセルドラに組み付いて離れないだけでいい。


 自分に言い聞かせて、道中で集めた蔦で作った偽装用の網を被る。


 これもブリューの案だ。


 歩きながらもぎ取った枯草を括り付けたその網は、ちょっとした茂みに伏せて被れば景色に溶け込める。


 しかも多少暖かいのがかなり助かるんだ。


 かく言うブリューはすでに針葉樹の上だった。


 ……あいついったい何者なんだろう。冒険者……なんだとは思うけど。


 そう考えたけど――考えたところでわからないし。


 俺はふうと息を吐き、いざってときに動けなくならないよう、時折体を動かした。



 ――そして。どのくらいそうしてただろうか。


 トスッ……と柔らかな音で目の前に矢が突き立った。


 ブリューからの合図だ。


 俺は軽く腕を振って了解の意を示し、道の先へと目を凝らす。


 程なくして濃茶のマントを身に纏った影が見え始めた。


 油断しているのかフードは被っていないようで、遠目にも目立つ蒼髪がはっきり確認できる。


 ――セルドラ。


 心臓が痛いほどに跳ねて体中の血が熱を帯びていく。


 爺ちゃんを襲ったことは絶対に許さない。


 ここで決着をつけてやる。



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