コラボラシオン⑨
******
びゅおおおぉぉぉ――。
流れていく風が俺たちの服や髪を掻き混ぜて絡まりながら頭上へと抜けていく。
その勢いたるや凄まじい。
崖に寄り添うように造られた道はそれなりに幅があるけど……この風だけはどうしても不安を煽る。
崖とは反対側――俺たちの左側の端は落ちれば助からないであろう谷底へと続いていて、そこから吹き上げてくるのだ。
見た目では危険そうになんて見えなかったから進むことを選んだ俺たちは――さすがに後悔し始めていた。
「……この道、どのくらい、続くのかしら?」
「あと半日だ! 暗くなるまでには抜けられる!」
風の音に負けないくらいの声で言った
この道は冒険者たちが使う道で、商隊はほとんど利用しないらしい。
まあ……荷物持ってここを歩くのはちょっとなぁ……。
なんて考えていると、
「なにかいますッ!」
瞬間、前方から急降下してきた黒い影が俺たちの頭上を掠めた。
「うわぁッ⁉」
遅れて吹き荒れる風に俺は思わず頭を抱えて身を竦めたけど、シードルさんと
崖を這うように身を滑らせ飛行しているのは……巨大な黒い鳥だ!
「なんだと……こんなところに『ヤールアイシクル』⁉ 構えろ、くるぞ!」
叫んだのはシードルさんで、俺は慌てて短剣を抜き放つ。
『ケエェェンッ』
甲高い……乾いた木を叩いたかのような鳴き声。
向かってくる怪鳥は先まで黒く鋭い鉤爪をこちらに見せつけるようにして再び急降下。
狙われたシードルさんと
空を斬った刃が白く光ったところにブリューが茶色い髪を弾ませた。
「ッシ!」
彼の武器は――弓。
矢は再び舞い上がろうとする怪鳥の翼を打ち抜き、一瞬だけその体が傾いだ。
「やるわねあなた! ……次は仕留めるわよマルティ!」
「かしこまりましたカシス様」
やる気満々の
俺は困惑しながらも剣を構えたままでいたけど、旋回した『ヤールアイシクル』が俺たちの頭上から襲い掛かろうとした瞬間――。
ポン、と。
なんの前触れもなく、どこに隠していたのか……スミノルフさんが瓶を高々と投げ上げた。
そしてそれを狙ったブリューの弓がキリリとしなる。
「目ぇ閉じて――ッ!」
彼の――そのどこか楽しそうな声を耳が捉えた……直後。
射貫かれて弾けた瓶が猛烈な光と炎を吹き上げ、突っ込んできた『ヤールアイシクル』ごと弾け飛んだ。
ズゴオオォォンッ
地を揺るがす轟音。
崖の一部が粉砕されて石の破片が降り注ぐ。
それから逃れようと
「……ごめんねキール、これは取引なんだ」
耳元で囁くような声が聞こえ……「え?」と返す間もなく。
腹のあたりを抱えられたような力が急激に加わって、思い切り押しやられる。
――訪れる浮遊感と耳元で唸る風の嘶き。急に開けた視界には崖と空。
「うっ……うわああぁ――ッ」
……谷底へと
遠ざかる崖の上に手を伸ばし――絶叫するしかなかった。
******
「……」
気付けば硬い岩場に転がっていた。
手足の感覚が驚くほど鈍く痛みすら遠のき、凍てついた空気ですっかり冷えているんだろうと思い当たる。
肺まで凍りそうだ――。
なんとか手を突いて上半身を起こし、震える腕でマントをかき寄せた。
生きてるみたいだけど……どうして。たしか俺、崖から突き飛ばされて……。
あのとき聞こえた声はきっとブリューだ。そして……どういうわけか彼は俺の腹から背に腕を回したまま
取引なんだと告げた、どこか申し訳なさそうな声音を思い返す。
あいつも助かったのか……? ここに俺を連れてきたのはブリュー?
…………。
……考えていても埒が明かないか。このままじゃ本当に凍え死ぬかも。なんとかしないと。
そう思いながら見回せば薄暗い洞窟のような場所の奥にいるとわかる。
天井は俺の背よりほんの少し高い程度で、道のようなものの先からほんのりと外らしき明かりが入ってきていた。
体の節々が痛むけど酷い怪我があるわけでもなさそうだ。
俺の荷物も近くにちゃんと置いてあって……助かったことに間違いはないだろう。
ほっと息をついて身震いし――俺はそろそろと荷物を背負い、洞窟から外を覗いた。
……けれど。
「……嘘だよな……」
広がるのは白い世界……いや、実際はもっと土の茶色とか木々の硬く尖った葉の緑色とかあるんだけど……でも。
空にどんよりかかる灰色の雲から音もなく降り注ぐ白い花片のような――雪が。
俺の視界を塗りつぶしていたんだ……。
――しんしんと降り続ける雪。
俺は茫然と空を見上げ……我に返って首を振った。
早く
ここはどこだろう? 俺たちが歩いていたはずの崖は……?
洞窟から転げるように飛び出してあたりを見回す。
視界が悪く真っ直ぐにそそり立つ木々の隙間からは山脈さえ確認できない。けれど俺の出てきた洞窟は崖に面していた。
頭上も雲がかかったように煙っていてよく見えないけど……この上から落ちてきたのかも。
ならこの崖伝いに移動すれば……でもどっちに?
たしか進行方向左側に谷があったけど……道が途中で折れていないとも限らない。
そのあいだも体が冷えていくのに焦って、俺は数歩踏み出した。
――すると。
「そっちは駄目。キール、遭難したくないなら僕と一緒にいてよ。枝を集めたから火を起こそう。まずは暖まらないと危ないから」
「……ブリュー」
木々のあいだから小走りにやってきた犬みたいな男性に……俺は思わず眼を眇め、一歩左足を引いて身構えた。
彼は確かに両手で抱えるようにして枝を持っている。
「まあそんな顔しないでよ。別に命まで取ろうなんて思わないし……というか感謝してるんだ僕。ジジイ助けてもらったしさ。……これから説明するから。一緒に崖から落ちたのに助かったのもどうしてか知りたいでしょう?」
彼は俺の返事を待たずに洞窟へと歩いていく。
いまなら刃を突き付けて脅すことだってできる……そう思ったけど。
俺にそんな勇気はなかったんだ――。
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