コラボラシオン⑧

******


 犬みたいな青年はブリュー、錬金術師のお爺さんはスミノルフさん。


 歩きながら自己紹介を終え、セルドラと思われる男にスミノルフさんのマントや食料、酒が奪われたことを聞いたところで……なぜか俺は錬金術師の仲間として再認定されていた。


「キールはどんな『生命の水ヴィーテ・ウォタ』を作るんだ?」


「うーん……ものすごく誤解があるかなブリュー。俺は酒を混ぜ合わせてカクテルを作るのであって……新しく蒸留したりしないんだ」


「混ぜることも錬金術の一歩じゃ。そこのたわけものはそれすらやらん」


「ちょっとジジイは黙ってて。……じゃあ最近なに混ぜたんだ?」


「え? えぇと……赤グレプ酒とスグリノ酒にベルンの砂糖煮とライマ、最後にジンギベルン糖液シロップかな」


「ジンギベルン! いいねキール。そしたら僕のジンギベルンビーアもあとで・・・呑ませてあげる」


「ジンギベルンビーア? ……それは『生命の水ヴィーテ・ウォタ』じゃない……よな?」


 ジンギベルンビーアはジンギベルンや砂糖を混ぜ合わせ発酵させて作る酒……のはずだ。


 蒸留はしてないもんな、とひとりで納得しているとブリューが犬耳みたいな横髪を弾ませた。


「そうだね、違うな。ジンギベルンビーアは発酵だけだし」


「それも持ち歩いてたの?」


「僕の好物だからね! ……まあジジイの荷物と一緒に盗られたんだけど。取り返さないとなー」


「……あのさ、気になってたんだけどジジイ、ジジイって……スミノルフさんはブリューのお爺さんなんだよな? その呼び方はどうなの」


 俺は爺ちゃんって呼んでるけど……ジジイ呼びなんてしたらゲンコツだけじゃすまない気がする。


 聞くとブリューは笑った。


「なにそれ! たとえば爺ちゃんとか? そんな呼び方したら痒いって言われるじゃん。俺たちの町じゃジジイ、ババア呼びが主流だよ」


「へ、へぇ……そんな町があるんだ」


 知らないところがあるもんだな……。


「……ねぇ、だとしたらあなた船で来たの?」


 そこで聞いてきたのはあるじだ。


 ブリューは「うん」と頷くと指先で空中になにか描いてみせた。


「いまいる山脈を南に越えたら港町がある。で、そこから船で陸伝いに南西に行けば僕たちの町……よくわかったね貴族様」


「ふふ。ジンギベルンビーアは南で多く作られているからそうかしらと思っただけよ」


 ……そうなんだ。


 俺は頷いて『ジンギベルンビーア』は呑んだことがないなとぼんやり思う。


 それも味見できるなら運がいいかもしれない――さっさとセルドラを捕まえて早く戻りたいところだ。



 ……そうして進んだ山道はだんだん険しくなり足の先が冷たくなってくる。


 空は雲が多くなって灰色に煙り……吐く息は白い。


「――少し速度上げるぞ、いいな」


 そこで先頭を行くシードルさんが言った。


 彼の後ろには錬金術師スミノルフさん、その後ろに俺とあるじとブリュー、殿しんがりはマルティさんなんだけど……誰からも反対意見はない。


 この雲行き……なんだか怪しそうだもんな。


******


「ひとつ提案がある」


 シードルさんがそう言ったのはその日の夜だ。


 焚火の横で体を伸ばしていた俺は顔を上げた。


 急ぎ足で歩き通したから足がぱんぱんなんだよな……。


「どうしましたシードル」


 そう言いながら湯を沸かした鍋に香草や穀物を投入し、マルティさんが返す。


 どうやらシードルさんをシードルと呼ぶことにしたらしい。


「蒼髪……って呼び方でいいか? 実は途中、夜営の痕跡を見つけたんだが……たぶんそいつだ。思いのほか進んでいやがったから追っ手に怯えて急いでるのかもな――そこでだ」


 シードルさんの言葉に俺はぎゅ、と唇を噛む。


 ――ブリューから聞いた話だと、町まで行かれたら船に乗られてしまうかもしれない。


 焚火に手をかざしていたあるじも顔を上げて真剣な顔をする。


 意味深な間を置いて……シードルさんは続けた。


「多少険しい道程みちのりだが近道がある。そっちから麓まで行って待ち伏せしようと思うんだが――どうだ?」


「……どの程度危険かにもよるわね。おそらくセルドラは船を使って故郷に戻るつもりなんだわ。そっちにも衛兵を置くから危険を冒してまで追い掛けることはしたくない」


「衛兵を置くって……貴族様はやることが違うなぁ。それならいつかは僕たちの荷物も取り戻せるね」


「あ……、ええ。ちょっとした伝手があるから」


 ブリューがなんとはなしにさらっと言ったところで、あるじは己の失言に気付いて取り繕うように笑顔を浮かべた。


 衛兵を動かせるなんて相当だっていうのは誰でもわかるもんな……。


「荷物が戻っても酒は呑まれてるんじゃないかブリュー。美味しいなら尚更……ですよねスミノルフさん?」


 俺は話を逸らしてあげようと口にしてスミノルフさんを見る。


「ほ。そりゃそうだ、儂の『生命の水ヴィーテ・ウォタ』だからな」


 するとブリューはからからと笑った。


「そうだね、たしかに。なら僕はシードルの案に賛成だし、貴族様が駄目っていうならそっちに賛成する」


 つまりブリューはどっちでもいいんだな……。


 本気で荷物を取り返したいって感じでもなさそうだし。


 見た感じスミノルフさんも急いでいるとは思えない……変わった親と孫である。


「……キール、あなたはどうしたい?」


 そこであるじに問い掛けられた俺はふと言葉に詰まった。


 ――追い掛けたい、そうは思うけど……皆が危険に晒されてまでそうしたいわけじゃない。


 それに……。


あるじが追い掛けたいって言ったんだからな。――俺は一応、頭は冷えてるよ。いまはね」


 返すと彼女はつんと唇を尖らせる。


「言うわねあなた。……仕方ないでしょ、キールを襲ったことを許すつもりはないもの」


「それは嬉しいし俺だって許したりはしないけど……」


「なら決まりね。シードル、近道に案内して。見てから考えるわ。マルティ、危険だと判断したら言って頂戴」


「了解だ」

「かしこまりました」


 こうして俺たちは翌日早朝、近道へと発った。


 王都を出てからは六日目のことだった。

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