フィーリア・レーギス⑬
******
「あのさ
聞くと……
――念のため警戒しつつ宿に戻った頃にはかなり遅い時間だった。
俺たちの部屋で短く打ち合わせをと言った
すべての家具がぎゅっと寄せられたような広くはない部屋だったけど、よく手入れされていて居心地がいい。
「そうさせたいのは山々だけれど……実際は難しいわ。衛兵たちは王都や大きな町の
「そっか……じゃあ王宮に助けを求めても駄目なんだな……」
「勿論なにかあれば衛兵を出すこともあるわ。けれど――準備をしているうちに時間が過ぎてしまうでしょうね。冒険者たちはその点とても身軽で経験も豊富なの。……王女じゃなかったら私、絶対に冒険者になっているわ!」
ああ、うん。なんかわかる……。
よくも悪くも自由奔放って感じが。
口には出さずうんうんと頷くと、気をよくしたのか
「今回は『冒険者』の設定で参加になるわね。物語みたいに町を救うのよ! ……でも怪我人もいるくらいだから当然気は抜けない……王女としてもテキラナの支援はするつもりだけれど、まずは無事に切り抜けないとならないわ」
「設定はいいけど……本当に気を付けて。俺のほうが弱いから怪我するなら自分の確率が高いかもしれないけど……やっぱり
ふと思い出して聞くと……
「あなた本当にいいひとね、キール。大丈夫、必要だと判断したら名乗るつもりよ。ただ可能な限り『飾らない言葉で紡がれた飾らない物語』を聞きたいと思っているだけ。王女なんて言ったら変に取り繕うはずだもの。私……そういうのは好きじゃないから」
「ちなみに僕もあまり飾ることなくカシス様に接しているけど……それは単に気を遣いすぎると怒られるからだよ、キール君」
そこでマルティさんが慈愛に満ちた笑みを浮かべ、さらっと言ってのける。
俺は思わず吹き出してしまった。
「ははっ、うん、わかる気がします」
「もう。言うわねあなたたち……。まあいいわ。そうと決まったら今日は休みましょう。……キール、カクテルの件は頼んだわよ?」
「うん。せっかくだから『テキラーナ』を使おうかな」
「それは素敵ね! 私も楽しみにしているわ」
この町で暮らす人たちが安心できるようになった――そのときのためのカクテルか。
皆が笑顔になれるようなものにできたら。
……うん。がんばってみよう。
俺は
そのまま隣の部屋に
「……キール」
「うん……どうかした?」
「ひとつだけ伝えておくわ。私がもし傷付いたり命をなくしたとしても――王宮は困らない。だから私のせいであなたが咎められる心配もないわ。安心して」
「……うん?」
「おやすみなさい」
聞き返した俺には応えずに……フワリと舞った金色の髪が扉の向こうに消える。
俺は少しのあいだ閉まった扉を見詰めて――知らず唇を引き結んでいた。
――王宮が困らないとか、そういう問題じゃない。
――俺が咎められるとか、そういう問題でもない。
王宮のことはよくわからないけど――かなり面倒臭いんだろうな。
それでもいまの言い方はあんまり――好きじゃない。
俺はゆっくりと踵を返して部屋に入り……後ろ手で扉を閉めた。
すると待っていたらしいマルティさんがにっこり微笑む。
「キール君、さすがに剣を使った稽古はできないからここでできる鍛練をしようか!」
「……容赦ないですよね、マルティさん……」
******
翌日、朝。
マルティさんはシードルさんや冒険者たちとともに町の警備のため出ていった。
本来なら王女であるカシスの護衛を離れるわけにはいかないのに……「我が
うん。格好いいにもほどがある。
「……どうしたのキール。ぼーっとして」
宿の入口で突っ立っていた俺はその声で我に返った。
振り返れば……
俺はどう応えたものかと思いながら口を開いた。
「ああ、うん。少し考えごとを……」
「あら――できることがあるなら手伝うわ」
言うが早いが
「って、うわぁッ⁉ なにしてるんだよ
「誰もいないから平気よ。全部捲るわけでもないし……お酒のことを書いた手帳を出そうと思って」
「いや俺がいるから! それになんでいま手帳なんて!」
「え? 作るカクテルで悩んでいたんじゃないの……?」
「うん? ……ああ、そういうこと……」
まったく違う。むしろ
言いかけた言葉はややこしくなりそうなので胸のなかだけに留め、俺は強張ってしまった肩の力を抜いてため息をつきながら宿の扉を押し開けた。
「カクテルの話は落ち着いたらでいいよ。あとドレスの裾から物を出さないで! ……まずは町長のところでいい? 行こうか」
「ふふ。行きましょう」
噛み殺したような笑い声に横目で見ると、
「ふふじゃないから……俺が困るんだよ
俺は思わずそうこぼし……ドレスの裾を揺らして宿を出る
変に緊張するから本当にやめてほしい。全部捲るわけでもないとかタイツ履いてるとかそういう問題でもないんだ。
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