有馬の性癖を垣間見てお母さんに振りまわされた俺ですが、C地区を出ます。
お母さん。一体、どこへ行こうというの? よく分からないが、俺たちにはついて行くしかない。
「ここは島のC地区。別の地区には別のしきたりがあるのよ」
「なるほど。それを体験することで……」
「私たちの価値観を変えようというわけですね!」
「で、結局、どこへ行くんですか?」
俺も気になる。C地区の次って、まさか……。ここ、お母さん島は、女性の身体のような形をしている。C地区は顔の辺り。これから向かうのは……。
「B地区よ。2つの山の頂を含む、山岳地帯ね」
お母さんは、自分の胸を揺すりながらそう言った。
ビーチク……。ついにやけてしまう。
バスは20人乗り。まだまだ余裕がある。にも関わらず、密なところは密になっている。具体的にいうと、俺の周囲にみんなが偏っている。前の方には有馬と安田と拓哉くんが座っている。
「B地区へ向かう前に、C地区を大掃除しましょう」
バスは立入禁止区域に堂々と侵入。珍しがってか、地区の人々が集まってくる。老若男女、様々だ。
お母さんは堂々と「お母さん、美少女だと思う人、この指とーまれっ!」と高らかに言った。
誰も反応しない。正確には、俺たち以外は誰もということ。C地区の人たちは頑なに美少女を美少女だと受け入れない。
「ふんっ! 私が美少女だと思う人、平伏しなさーい!」
そう言ったのは、オーガニック日焼け止め店の店長。この地区で1番の美少女と呼ばれる、ブスだ。みんなが平伏した。
「意味もなく手を繋ぎたい人、どーぞっ!」
再びお母さん。何人かがあくまでも意味はないと言い訳しながら、お母さんと握手した。たしかにお母さんの手は意味もなく触ってみたくなる美しさがある。
なるほどっ——————
「じゃあ、私とお手手繋ぎたい人、どーぞっ!」
最初にお母さんの真似をしたのは、七瀬だった。これは大成功で、お母さんのときよりもたくさんのC地区の住民が七瀬の手を取りにやって来た。
「私も、どーぞっ」
「どーぞっ!」
「どーぞっ!」
次々と手を差し出すみんな。老若男女がやんややんやと手を握る。いつの間にか行列ができて、中にはループする人も現れた。どういうことだ?
「みんなは、美少女を崇めるのが好きで、ブスを美少女だと勘違いしている」
「なるほど。崇める対象としてはブスだけど、それ以外はブスじゃない!」
俺の呟きを拾って、店長が言った。
「そんな理屈、通らないわ! 私と手を繋ぎたい人は、並べっ!」
誰も並ばない。
「違うのよ、清くん。みんな、意味もなく手を繋ぎたいの!」
「ああっ!」
この地区の人たちは、店長がブスなのに美少女だと思っている。美少女を崇めたいと思っている。だから、店長を崇めている。
けど、店長と意味もなく手を繋ぎたいとは思っていない。意味もなく、つまり信仰とは別に本能的に、行動するなら、選ばれるのはお母さんたち!
「あっ、あのぉ……」
並んでいた人たちと握手を終えたお母さんは既に手を引っ込めていた。だが、勇気ある1人の青年がやってきて「……さっきは並びそびれたんですが、手を繋いでくれますか」と言って、お母さんに近付いてきた。
「ええっ、もちろん。よろしく」
「やったぁ! すべすべで温もりがあって、楽しい気持ちになるんだよなぁ!」
お母さんの手を握る青年の背後には、いつの間にか長蛇の列ができていた。
その列が半分くらいになったとき、お母さんが言った。
「今日はここまで! また今度、ここに来るからねっ!」
そして、バスの中に戻ってしまった。俺たちもそれに続いた。
バスの中は、興奮状態だった。
「C地区の人たちって、かわいいっ!」
「握手の前に手をふきふきしていたわ」
「私たちを傷付けまいと気を遣ってたのね」
七瀬たちだけじゃない。ブス神様たちも興奮していた。
「皆さんがまさかあんなに人気者になるなんて!」
「顔や身体付きは私たちと同じくらいブスなのに!」
「手を握るのって、面白そう!」
まるで子供のようにはしゃいでいる。俺は何だかそれがうれしかった。
お母さんが勝ち誇ったように言った。
「次にC地区に行ったら、みんなも握手を求めてみなさいね!」
「そんなこと。私たちには……」
「私たち、ブスだもの……」
「石を投げられるかもしれないわ……」
なんと卑屈な! そんなブス神様たちを、俺は助けたい。
「そうねぇ。じゃあ、B地区でハグ会でもしようかしら!」
「ハグだなんて!」
「ハードル高いですよ!」
「岩を投げられるかもしれないわ……」
このときはまだ、ブス神様たちは卑屈なままだった。
バスは、C地区を出た。
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