誰か俺を労ってと言いたい俺ですが、この日3度目の「あーん」は過去最高です。
労ってもらいたいだけの俺に、麻衣は容赦ない。
「そんなことないぞ。清坊の顔は終始にやけていた」
否定はできない。
「だからといって、偉業であることには間違いなかろう!」
「そーだよ。清くんはよくやったよぅ」
もっと言ってほしい。けど、麻衣の次の一言で2人は凍りついてしまう。
「それは、お腹に乗ってすりすりしているのを見ていないからだろう」
2人はぽかんと大口を開けたまましばらく固まった。なにかを想像または回想しているようだ。そして2人して顔を見合わせてまた茫然とした。
「清、お腹に乗ったって、どういうことだ?」
「そーだよ。背中だけじゃなかったの?」
「いや。全身くまなくすりすりしたよ。見てたろう。あれ?」
2人とも見ていたと思うが、違うのか。
「見てない。見てないぞ、俺は」
「僕もだよ。正直何度かチラリと覗いたけど、そのときは背中に乗ってたよ」
「たしかに清坊はオレたち全員の全身くまなくすりすりした」
また顔を見合わせる有馬と安田に、麻衣が追い討ちをかける。
「背中に乗ることが多かったが、お腹にも乗っていた」
「……。」
「……。」
「そのときは君らの視界に入らないよう充分気を付けていたがな!」
本当だろうか。最初は信じられなかった。考えてみると俺が誰かのお腹をすりすりするときは、おっぱいを覗き見れるタイミングにもなる。それをさせじと9人が協力したのであれば、合点がいく。俺は全く気付かなかったけど。
有馬と安田が血相を変えた。
「清。やはりお前が悪い! 弱音を吐くことは許されざる暴挙だ!」
「そーだよ。労われるどころか倍働いたっていいくらいだよ」
でしょうね。それほどいい思いをしているという自覚はある。少なくとも客観的に判断すればのこと。あるいはこの9人というところに主観を交えても構わない。けど、俺が言いたいのは、12時間という長さにある。
けど、それを理解してくれる人はここにはいそうにない。12時間ずっと同じようににやけ顔だったら、当たり前だ。
「兎に角、手が腫れてるんだ。もう少し労ってくれてもいいだろう」
俺にはそう言うより他に手がなかった。麻衣が俺の手を取り言った。
「うーん。たしかに手の腫れは尋常じゃないな」
うれしい。少しでも俺の主張が通った。有馬と安田は今や聞く耳を持たない。
「自業自得だろ!」
「そーだよ。清くんは贅沢だよ」
「そんなことを言うんだったら、俺の代わりに有馬か安田がやってあげろよ」
「冗談じゃない!」
そう言ったのは、麻衣だけではなかった。9人がハモった。かなり遠くからも直ぐ近くからも声は聞こえた。ハモリはなおも続いた。
「有馬くんや安田くんには、見せるのもイヤよ」
触らせるのは論外。そう続く前に2人は卒倒していた。俺は手が痛くて2人を助けることができなかった。9人は助けるつもりが皆無のようだ。唯一動いたのが拓哉くん。2人をずるずるとテントへと引き摺って歩く。
「清坊の手が腫れたままってのはいただけないな」
麻衣がはなしを戻す。他の8人も頷いている。俺はここぞとばかりに甘える。
「がんばった俺に、明日もがんばれるようにご褒美があってもいいだろう」
「わーったよ。じゃあ、「あーん」してやんよ!」
「あーん」はもう恒例といえる。今朝のオムライスも「あーん」してもらった。お昼のカレーも「あーん」だった。全身くまなくすりすりする作業を続けるため。そして今、明日すりすりするための「あーん」がはじまろうとしている。
俺は、少しばかり調子に乗ってしまった。
「くっ、口移しとかにしてもらえないか、なぁ」
即答だった。
「ダーメ!」
有馬や安田のときよりも、綺麗なハモリだった。
みんなからの普通の「あーん」でも充分ありがたかった。けど七瀬のときには何故かラッキースケベが起こった。本当に口移しにしてもらえたのだ。
デザートのいちごを食べさせる役を買って出た七瀬。「あーん」のときのお約束的ボケともいえる、ギリギリのところで自分で食べる、を実行した。それで終われば良かったが、そこで転倒するのが七瀬という生き物だった。
俺たちは、不可抗力でキスをした。
そのときにはまだ七瀬の口の中にはいちごがあった。それが俺に口移しされた。この日2度目の七瀬とのキスは、今朝と同様にいちご味だった。
「願いは、言えば叶うんだなぁ!」
「たっ、ただのラッキースケベじゃないの!」
今朝のに比べればたしかにただのラッキースケベだった。あれはすごかった。
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