どうやら大切な約束を忘れていた俺ですが、どうするべきか妹に相談してみます。

【スマートシティ豆知識08】

 未来都市、スマートシティ。Pはいいねといやねに使われる。いいねは物品や役務の授受の際に流通するが、いやねは蓄積される。いやねの分だけスコアが下がる。また、いやねした者は、Sランク以上になることはない


______


 人間界。


 逃げ出した俺と麗だが、さすがにいやねをされることはなかった。落ち着いてから俺がスピードを落とす。麗は俺に運動不足だと文句を言う。かわいい妹の言うことに一々目くじらをたてても仕方ない。俺は麗を笑って許す。


 Sランカーになる夢を諦めた俺だけど、麗とは仲直りしたい。だから最初に俺が謝った。ちょっと言い過ぎたって。そしたら麗も謝ってくれた。これで後腐れなく、兄妹としてやっていけそうだ。


 仲直りの標に、たっぷりと相談に乗ってもらった。ゆめとの件だ。麗はずっと黙って聞いていた。俺が結論として「今日の2限と3限の間に謝るんだ」と言い終わってから、麗は一言「それがいいよ」とだけ言って笑った。


 麗の自然な笑顔を久し振りに見た気がする。1年振り、コンクールに応募する写真の撮影以来だと言っても大袈裟ではない。そう思ったから、俺は素直に麗へと伝えた。


「麗のそんな笑顔、久し振りって気がするよ」

「清兄にしか見せない顔だもの」


 そういえば、麗と2人きりになったのって、久し振りかもしれない。


 不意に麗の身体が俺に密着。超絶人気モデルれいりんとしてはあるまじき言動かもしれない。けど、御手洗麗としてその兄に伝える言動としては満点だった。その証拠に俺は気分がいい。何でもできるって気になった。


 だから俺は、ほんの軽く大口をたたいた。


「俺、もう1回コンクールに出品しようかな」

「それ、いい! モデルは麗だよね。他の誰かじゃないよねっ!」


「もっ、もちのろん」


 そんなにマジになんなくてもいいのにってのは、妹の心兄知らずということ。麗が念を押したくなる原因が、スカートの裾より低くまで伸びた髪をなびかせて左から近付いて来た。俺より遠くにいた麗の方が最初にそのことに気付いた。


「おはよう、まりえ!」

「おはよう、麗! おはようございます、清兄」

「おっ、おはよう、まりえ。今日もナイスバディーだね」


 俺の言葉に満面の笑みで応えたのは、上野まりえ、15歳11ヶ月。麗と互角の人気を誇る商業モデル。その身体が麗以上に俺に密着。近いってだけでなく、まりえの身体はやわらかい。うん、とっても気持ちいい。


 こうして並ぶとよく分かる。俺より少し低い背ながら、腰の位置は俺のベルトよりも遥かに高い。小玉のスイカよりも小さい頭に、大玉スイカ級の2つの胸を持つ。そんな、出来上がった身体の持ち主だ。七瀬さんと互角。


 俺のことを兄のように慕ってくれるのには理由がある。俺とまりえは、同じ日に同じ病院で生まれたんだけど、俺の方が1時間早かったんだ。


 まりえは、昔から会う度に本当の妹のように俺の腕に絡みつく。最近はさらにエスカレートしている。麗にとってのまりえは、目の上のたんこぶ。まりえにとっての麗は、かわいい妹。


 まりえも麗もよく目立つ。そんな2人に密着された俺は困っていた。道を行く男たちの視線が痛いくらいに刺さるから。このポジションが勤まるのは、やっぱり俺じゃなくってゆめなんだろうな。そう思っていると、まりえ。


「あれ? 今日はゆめっちはいないの?」


 言いながら、きょろきょろと辺りを見まわした。そしてどさくさに紛れて俺への密着度をさらに高める。その分、周囲の視線もキツくなる。怖いくらいに。


「弟と一緒。野暮用じゃない。それよりまりえ、あとで相談。2限のあと!」


 麗は明るくそう言った。ありがとう、麗。俺とゆめのこと、黙っててくれて。しかも2限のあとって、俺がゆめに謝ろうってとき。まりえを俺たちに近付けないためにわざとだろう。よくできた妹だよ。俺は麗に、にやけた顔を見せた。


 まりえがぐっと俺の身体を引きつけた。俺はさらににやけた顔を今度はまりえに向けたあと、ハッとした。今日は目つきの悪い人の多いこと。そんなことにはお構いなしに、まりえはギュッと音がするほど俺の腕に絡み直して言った。


「いいけど。今でも全然!」


 まりえの当然の反応に、麗はごく自然に俺への密着度を高めながら言った。もうこれ以上、俺と通行人を刺激するのはよしてくれーっ。


「えーっ。けど今は清兄がいるからっ! 体育のあと、とっとと着替えてから」

「あららーっ、なになに。麗ったら、お兄さまにも内緒のはなしなの」


 まりえは言いながら俺の身体を引いた。またも俺に鋭い目つきが注がれた。


 通行人とはいったが、彼らの中には通行していない人もいる。みんな麗とまりえの通学風景を観に来ている。別の都市からわざわざ来ている人もいるらしい。双眼鏡を片手にしているあからさまな輩もいる。


 彼らが2人に危害を加える可能性は皆無。もし、そんなことをしたのでは、いやねによる制裁が待ち構えている。お互いがお互いを監視しているような仕組みが、ここスマートシティにはある。


 だから安心と、俺はたかをくくっていた。シャッター音を聞くまでは。


 キシーッ! キシーッ!


 それは、珍しいカメラの音だった。フィルムに塗られた感材に光を当てて、画像を化学的に保存するカメラ。いわゆるフィルムカメラの音。シャッター音と一体化したフィルムを巻き取るときの音がうるさい。


 俺にカメラの知識がなかったら、聞き逃していただろう。たしかに誰かが俺たちを撮影していたんだ。被写体に無許可の撮影、盗撮だ。一体どこから? このままでは大変なことになる。その前になんとかしてあげないと!


______


 AI界。


 さあ、ここからよ! 清くんが優秀な人間であることを証明するのは!


「やっておしまい!」


____________

ここまでお読みいただきありがとうございます。


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