相互「あーん」が楽しくってしかたない俺ですが、デンジャラス卵焼きはお断りです。
なんか、楽しくって仕方がない。俺なんかがまりえにこんなにしてもらえるなんて! まりえと相互にあーんができるだなんて! 幸せとしかいえない。
「あーん。もぐもぐもぐ」
まりえの咀嚼、近い! 顔の筋肉の動きがよくわかる。もぐもぐもぐに合わせて緩く閉じたやわらかなくちびるから漏れる吐息は、焦げた醤油の香ばしさ。あごの筋肉が緊張と弛緩を繰り返し、合わせてこめかみが細波のように揺れる。
俺の心臓はそれよりも早く波を打つ。心も波打つ。家族への愛情と恋人への愛情との間を揺れ動く。超絶美少女で、俺を兄として慕ってくれるまりえ。超絶ナイスバディーで、俺の中の男を巧みに引き出すまりえ。
唐揚げが細い喉を通過。俺はハッとして声をかけた。その返しに、屈託のない笑顔を期待して。
「どっ、どうだい? 美味しいかい?」
まりえは俺の思惑通り、笑顔を見せてくれた。
「うん。とっても美味しいよ!」
その一言で、俺は幸せだった。俺が作ったってわけじゃないけど、ほめられたら、気分がいい。
2口目・3口目と、鳥の唐揚げをあーんしあった。俺は幸せのうちにあり、自らが置かれた状況を理解していなかった。ふと、俺は周囲の反応に気付いた。冷たい目、今にも襲ってきそうな態度。逆恨みかひたすら羨ましいのか。
それもまた一興。そんな状況でも俺は、楽しむってことさえできた。有馬や安田に幸せを見せつけた。2人とも口をアングリと開けてよだれを垂らしている。けどその口には、何も運ばれない。まりえが運ぶのは、俺の口に対してのみだ。
はじめは3口くらいで止めようと思ったのに、もう、止まらない。止められない楽しさだ。それはそれは幸せだった。幸せ、だった。
雲行きが変わった。まりえの小さな手に持たれた箸が、見慣れない物体を摘んだとき。あれ? それって……。
「じゃあ、今度は私が作った卵焼きにしましょう!」
えっ! 今、なんて言った? まりえが作った卵焼き! まりえは料理が超大好き。しかも超下手くそ。さらに超味音痴。そんなまりえのデンジャラスな手作り卵焼き! これは、まずい。まずい! 確定で、ま・ず・い!
周囲が、さささっと態度を変える。俺に対して逆恨みしてたのはさっきまで。今では憐みの目を浮かべる。お気の毒と言いた気な顔を向ける。かといって、誰も助けてはくれない。
自力で何とかしようにも、どうしようもない状況だ。俺はすがるような目で有馬を見た。有馬は1度は目線を合わせたが、直ぐにそれを外し、窓の外を見た。親友を失ったかのような遠い目で。安田も似たようなものだ。
俺がもっと、2人に配慮していれば、もしかしたら2人とも俺の味方になってくれたかもしれない。まりえのために麗がはじめた狩に参戦したほどだからな。けど、俺は2人に幸せのお裾分けをしなかった。2人は不幸な俺を見捨てた。
「どうしたの? お兄さま。たんとお食べっ!」
いやいやいや。たんとは無理だよ。1口でも無理。食べるのが無理。
何とか、この場を乗り切る策はないものか。俺を兄と慕ってくれるまりえを傷つけることなく、デンジャラス卵焼きを回避する策! 一石二鳥の手。攻防手。俺は真剣に考えた。そして、ちょっと薄いが、ある作戦に賭けることにした。
「うん。とっても食べたい。けど、気になることがあってね」
「気になることですって? それは、私の作った卵焼きを食べるよりも重要?」
「もちのろん。俺にとっても、まりえにとっても重要なことなんだ」
「私にとっても、お兄さまにとっても、重要……。」
首を傾げ、箸を持ったままの手を頬に添える。まりえがあれこれと考えるときの仕草だ。まりえらしいかわい気があり、色気があり、ロリ気があり、エロ気がある。至近距離で見てしまうと、抱きしめたくなる。
けどそれはできない。箸の先の鈍く黄色い物体を何とかしなければいけない。今直ぐにでも、まりえ自身に片付けさせなければいけない。だから俺は、食事の席には似つかわしくないのを承知で言った。
「あんまり食べたら、出すときが大変だろう」
「出すときって……まさかっ!」
「そうだよ、そのまさかだよ。けど人間である以上、避けては通れない」
「たしかにそうね。おばさんは、お風呂のときだけって言ってたわ」
「だろう。お母さんは、便所に行くのを助けてくれない」
「そんな。それは、困るわ……。」
まりえよ、許せ! 食事の席で人類史上最も不潔な便所のことをはなしてしまって。けどこうするより、しかたがなかったんだ。まりえの顔はみるみると赤くなった。心なしか元気がない。おっぱいの張りもない。効果覿面だ。
まりえは卵焼きを元のところに戻し、そっと箸を置いた。そして、無言で弁当を片付けはじめた。それに合わせて、俺も弁当を片付けた。よし、回避成功!
まりえは、しゅんとしながらもデバイスを取り出した。何処かの誰かと何度かやり取りをした。今度は、何がはじまるんだろう?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます