囲まれている俺ですが、有馬の性癖を垣間見てお母さんに振りまわされます。


 有馬はまず、安田と一緒に砂浜を抜け出したことからはなした。それ自体はほんの出来心だったという。安田ものりのりだったから、大した罪悪感もなかったという。島の掟も、部外者の俺たちからすればそんなものだ。


「だが、男子禁制のその場所は、俺にとっては楽園だったんだ」

「楽園? あり、まさか温泉をのぞいたんじゃ!」


 だったら許せない。のぞきだなんてよくないし、のぞいたのがブス神様達の入浴だとしたらよけい。俺はつい、歯をむき出しにして威嚇したしまった。

 その仕草に便乗して、お母さんやブス神様達が俺の背中に密着して来た。怯えているフリをしている。背中が気持ちいい。

 対する有馬は慌てたようでも怯えたようでも開き直ったようでもなく、俺に向き合った。男の俺から見てもたくましい。


「さっきも言ったが、ここは俺にとっては楽園ではない」

「じゃあ一体、ありにとっての楽園って、どんなところなのさ」


「ブスばかりのブス天国、だっ!」

「なっ……」


 俺は絶句した。言葉の意味はよく分からない。とにかくすごい迫力、すごい自信。そんなありの迫力に気圧された。

 ブス神様たちは、言葉を言葉通りに受け止めた。


「やっ、やはり私たちを……付け狙ってたのね……」

「私たちほどのブス……さぞやご執心のことでしょうね……」

「いけません。私たちにはもう、清くんといういい人が居るのですから……」


 複数形からのいい人発言されてしまった。シリアスなはなしの途中なのに、俺の顔は正直ににやけた。それでもはなしのシリアスさは微動だにしない。


「ねぇねぇ。はなしを整理して、表にまとめて見ましょうよ」


 お母さんはそう言うが早いか、表を2つ書き出した。


______

      御手洗清 有馬惟浩

 美少女   好き   嫌い

 ブス少女  嫌い   好き 

 

          ______


______


      御手洗清 有馬惟浩

 温泉の人  好き   嫌い

 街の人   嫌い   ☆

          ______


「で、有馬くん。☆のところ、なんて書けばいいかしらぁーっ!」

「そんなの、『好き』に決まってるじゃないですか!」


 ありの言葉に、俺は納得した。すぅーっと腑に落ちた。有馬がブス専だと解釈すればはなしはみえてくる。


「ちょっと意外だが、納得できないはなしじゃないな」


 俺とは逆に、ブス神様たちは戸惑いの表情を隠せない。


「おかしい、おかしいわ……」

「これでは、まるで……」

「私たちが、美少女みたい……」


 2つの表を照らし合わせれば、自ずと達する結論。本当は論じるまでもなく存在する真実。『ブス神様たちは美少女だ』という真理! 


 ブス神様たちは今、その深淵に触れたのだ。


 今までは、自分たちがブスだということを信じて疑わなかった3人。純粋にしてピュアで無垢な3人。その気なくお母さんの審美眼を傷付けてしまった。

 傷付けられたお母さんは、3人を許さなかった。この島の歴史の闇をどこまでもほじくり返して、自身のプライドを守らんとしている。悪魔の所業と言ってもいいのかもしれない。

 過酷だ。あまりのも過酷。これから先、価値観を今までとは真逆にして生きていかなければならないのだから。俺は、ブス神様たちと過ごした短い時間を懐かしむ。「かわいい」と言っただけで、あんなにも顔を赤らめて恥じらう乙女を、俺はこの3人を除けば、知らない。


 お母さんのエゴで、3人が変わっていくのは寂し過ぎる。


「お母さん、思うの。3人は島の外に目を向けるべきだーって!」

「お、お母さん……」

「もし、島の外に目を向けるのならば……」

「そうお呼びしても、いいのでしょうか……」


 すがるような目でお母さんを見つめる3人。お母さんはいつもの優しい顔に戻って、コクリと頷いた。それを見て恐ろしいと思うのは、俺だけだった。


「ありがとうございます!」

「私たちがブスなのか美少女なのか……」

「そんなのは2の次で、見識を広げることが大事なのですねっ!」


 心温まるストーリー。な、はずがない。やばいやばいやばい! 


「いいえっ!」

——————あらあら。まだ分かっていないようねっ!


 ほらきた、ほらきた、ほらほらほら! お母さん、相当ご立腹だぞっ!


「あなたたち3人は、ブスじゃない。美少女なのよ。分かって?」


 戸惑う3人。大きな勘違いをしている。お母さんは決して慈母に満ちた存在ではないんだ!


「あらあら。まだ分からないのねぇーっ」


 ゆっくりとした喋り口調。どう考えても冷静。お母さんは、冷静に、この島の歴史的な秩序を崩壊せしめんとしている。自身の審美眼が正しいということを証明するためだけに……。


「じゃあ、行きましょうか」


 今までで最もゆっくりはっきり、お母さんがそう言った。

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