盗撮ヤローは救えなかった俺ですが、仲間を募りお母さんと闘う準備をしています。

盗撮ヤローは救えなかった俺ですが、またしても背中が気持ちいいです。

 2限のあと、俺はゆめを体育館裏に呼び出していた。3・4限はゆめのクラスで体育がある。俺たちとちょうど入れ替わるってわけ。その隙間の時間に俺はゆめに謝るつもりだ。それなのに、ゆめはとっても怒っている。無理もない……。


 腕を組み、ない胸をさらに潰してダメにしている。これじゃあ、成長も期待できない。ゆめの渾身の労いにも俺は歯切れが悪い。


「清くん、体育の授業は大変だったみたいね」

「ま、まぁね……。」


 麗がはじめたといっても言い過ぎではない狩。噂話のすきな生徒たちはもうみんな知っている。ゆめだってそう。ゆめは言葉とは裏腹に冷めた顔をしていたが、ついには言葉にもトゲが出てきた。俺は弁明に忙しい。


「で、慌てて背負ってきたんだ」

「ちがうんだよ。こっ、これは……。」


 「誤解だよ」と続けたかった俺の言葉を遮ったのは俺が今背負っている——。


「……ゆめちゃん、私のことは全く気にしないでいいわよっ!」


 ——まりえだった。


 俺はまるで、爆裂マホーを撃ち放った天災少女が力尽きたのを連れかえるように、まりえをおんぶしている。まりえは、独りでは歩けない。誰かが横についていなければ日常生活もおくれない。全治5日の軽傷。


 その5日間、俺がこうして面倒を見ることになった。横ではなく前についてあげて。ゆめにはいくら説明しても信じてもらえない。だよなぁーっ。俺は反対したんだけど、まりえに押し切られたんだ。はぁ、辛いよ。


「で、何の用なの?」

「昨日のこと、謝ろうと思って」


 俺の言葉に、まりえが反応した。といってもほんのちょびっと動いただけ。俺は、それでもにやけそうになるのを隠して、なるべく真顔を貫いた。ゆめはごもっともなことを言った。


「これが、謝ろうという人間のとる態度?」


 ですよねーっ。だと思ったんですよ。俺は冷や汗をかいた。


「ゆめちゃん、気にしないでいいよっ!」


 まりえがにっこり笑ってそう言った。屈託ない。まりえの息が俺の耳元にかかる。くぅーっ、感じちゃうーっ。ニヤけるーっ。けど、ここは我慢、我慢。俺は必死に堪えた。ゆめに誠意をみせないと。けど、ゆめの反応は冷ややかだった。


「はぁ……最悪だわっ!」

「そういうなよ。ちゃんと謝りたいんだ」


 無理あるよな。背中におっぱいがあるんだから。


「いいのよ、無理しなくって。私なんかより、まりえが撮りたいんでしょう!」

「そんなことないよ! 言い訳だけど、本当に疲れて忘れちゃっただけなんだ」

「ゆめちゃん、許してあげなよ!」


 おっ、おい、まりえ。お前が言うなよ! 余計にはなしがややこしくなるだろう。そう思っていたが、かえってゆめの怒りがおさまったらしい。吹っ切れたみたい。


「分かったわよ。ったくもう。で、どうやって埋め合わせしてくれるの?」

「写真、撮るから。いつでも言って!」


 俺は真剣だった。普段、暇人だから予定が重なるとかそういうのを考えることがなかった。それがいけなかった。


「じゃあ、今度の金曜日の昼下がり、撮影してよね!」


 4日後の金曜日か。お安い御用だ! 俺はそう思った。ところが……。


「ダメ! その日は絶対にダメ!」

「なっ、何でまりえがしゃしゃり出てくんのよ」

「そうだよ、まりえ! 黙っててくれ!」


 さすがの俺もブチ切れ、大声を出した。まりえが黙ってくれたのは良かったけど、ゆめまで驚かせてしまった。


「とっ、兎に角、金曜日よ。いいわね! 私、もう着替えないといけないから」


 そう言って、ゆめは走って更衣室へと消えた。これで金曜日には埋め合わせができそうだ。俺はほーっと、安堵の溜息を吐いた。俺の怒りが治ったとみるや、まりえが言った。


「まずいですよ、お兄さま。金曜日の昼下がりって……。」

「どうしてさ。埋め合わせできるんだ。なるべく早いほうがいいじゃんか」


「けど私、次に通院するの金曜日の夜だから」

「えっ!」


「つまり、金曜日の昼下がりは、私がここにいるのよ」

「えーっ!」


「病院に行って、完治したよって言われるまで、このままだから」

「えーーっ! ってか、寝るときとかどうすんだよ」


「このままよ。お兄さまのベッドで寝るの」

「えーーーっ! そんなこと、できないよ。恥ずかしいよう」


「大丈夫よ。おばさんの許可もらったから」

「えーーーーっ! お母さんの! お風呂はどうすんの?」


 まったく! お母さんは即断即決の人だけど、息子の不幸を面白がるのが玉に瑕なんだよなぁ。けど、考えようによってはオイシイ展開かもしれない。お風呂とか一緒なら、まりえと背中流しっこできるかも。あり寄りのありじゃん!


「そのときだけ、おばさんがおんぶしてくれるって!」

「えーーーーーっ!」


 俺は、生まれてはじめてお母さんに対して殺意を覚えた。余計な約束しやがって! これじゃあ生殺しじゃんか。どうせ面白がっているんだろう。それに、お母さんが悪ノリしてるんだったら、これだけですむはずがない。


「なぁ、まりえ。何か他に約束しなかったか?」

「うん、したよ。まりえがね、まりえの世話をすることになったの」


 何だそれ? まりえが世話をするまりえというのは、俺のペット。琉金のまりえのこと。まりえと名付けたのは人間のまりえで、去年の縁日でのこと。そのまりえの世話は、ずっと俺がしている。


 つまり俺は、まりえを世話するまりえを世話しなくてはならないということ。これは明らかな過重労働じゃないか! どうしよう、俺、過労死はいや。


 そうこう考えているうちに、まりえが眠ってしまった。スースーという寝息が聞こえてくる。ベッドで寝かしたほうがいいかもしれない。けど、まりえは気持ち良さそうだし、俺も気持ちいいからそのまま教室に行くことにした。


 教室は、妙な静けさだった。体育の授業のときの熱狂が嘘のようで、みんな物音ひとつ立てない。俺の背中の眠り姫を起こさないようにと気を使ってくれたみたい。感謝、感謝。ついでに鋭い目つきで俺を睨んでくるのもやめてほしいな。

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