前向きに楽しむって決めた俺ですが、他のみんなからも前向きさを感じます。
船のデッキ。潮風が気持ちいい。東の空はすっかり暗くなっている。西に目を向ければ、もう直ぐ陽が沈む。そんなロマンティックな場面で、俺の横にいるのはお母さんだった。
「お母さん、思うの。定員20名の船、13人で使うのって贅沢だなーって」
「たしかに、あと7人連れてきてもよかったかもな」
「あら、清くん。誰かあてがあったのかしら?」
「無いけど。麗やまりえが一緒なら、来たいってやつはいただろう」
「そういうの、お母さん良くないと思うの。同情で同乗させてもねぇ」
「何でさ。もったいないんだからいいじゃんか!」
「あと7人。お母さん、清くんに現地調達してほしいのーっ!」
また、すっとぼけたことを言う。こうなるとお母さんは誰にも止められない。放っておくのが1番。俺は独り夕陽を眺めた。これこそ贅沢というものだろう。
碇を降した船は驚くほど安定している。後部デッキに行くと、船の直ぐ北側には母島の砂浜が見える。お母さんはあそこも借りているらしい。明朝上陸してからはテント生活が待っている。楽しみ!
俺は船内に移動。白いテーブルクロスの上には既に鳥の唐揚げと冷奴が並べられている。運んでいたのは、まりえ。妙に張り切っている。まっ、まさか!
「これ、まりえが作ったの!」
だったらヤバい。マズい方のヤバいだ。まりえの作る料理は、見た目だけは美味しそう。けど、食べたら病院に送られるほど不味い。
「違うわよ。まりえは配膳のプロだから!」
「本当! まりえが上手に運んでくれて助かるわ」
エプロン姿のゆめがそう言った。どうやら、上手く丸め込んだらしい。まりえは料理には手を出さず、運び役に徹しているようだ。ゆめ、ナイスだっ!
さぁ、食事の時間だ。俺たちは、ゆめと拓哉くんが作った料理に舌鼓を打った。麗が美味しそうにしていたからか、拓哉くんもご機嫌だった。何でかは分からないけど、ゆめもご機嫌。俺も自然に笑顔になった。
「お母さん、思うの。みんなにも何か役割が必要なんじゃないかって!」
ゆめと拓哉くんが料理、まりえが配膳。そして、俺が写真撮影。他のみんなには明確な役割がない。お母さんの一言がきっかけでそれを決めることになった。最初に手を挙げたのは茶緒。麻衣も続いた。
「私は便所掃除をします」
「楽器演奏の講師とかって、駄目かな」
珍しく自信なさげな麻衣に、お母さんがグッジョブサインを送る。麻衣は安堵の笑顔になった。それを見ていた葵が、おかしなことを言った。真顔だから冗談なのか本気なのか分からない。
「私の役割は、清くんの敷布団でいいです」
とりあえず笑った。笑ってごまかすしかないんだもの。それを見て七瀬が手を挙げたのは。きっとこのどうしようもない話題に被せてくるに違いない。
「じゃあ、私は掛け布団ね」
被せ方がどうかと思うぞ。俺に自分で被さってもしょうがない! お母さんが面白がってしまったら最後、本当にそうなりかねない。それは危険。俺の自制心が保つはずがない。葵と七瀬が危険だ! 俺は、お母さんに注目した。
「お母さん、思うの。布団役は……。」
俺はゴクリと唾を飲む。
「……布団役は、日替わりでどうかしらーっ!」
誰も反対しなかった。それで早速今日のお布団一式っていうコーナーが設けられた。葵がその司会、七瀬がアシスタントということで2人の役割が決まった。
「枕は拓哉くん、敷布団は安田、掛け布団は有馬ってことに決定したわ」
何の盛り上がりもないまま、今日のお布団のコーナーは終わった。
役割についてはなしを戻す。麗が配膳役に追加され、飛鳥が朝の体操コーナーの司会、そしてお母さんが全体統括ということになった。
「思うの。有馬くんと安田くんには、おばさんの補佐をしてほしいって」
2人が断るはずがなかった。もとい。2人に断れるはずがなかった。こうして、俺たちは全員が何らかの役割をもって10日間を過ごすことになった。
この旅行の目的。それは俺がみんなの中から1人を選ぶための材料づくり。俺は選ばなくってはならない。それは辛いこと……。だからこそ俺は撮影を通して楽しむって決めた! 他のみんなも張り切ってる。だから、絶対に楽しむぞー!
まぁ、夜に何があったかは言いたくもないけど。
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