この日3度目の「あーん」は過去最高だった俺ですが、親友を置き去りに船へと戻りました。
食事を終えた俺たちは、船へと戻ることになった。飛鳥がどうしてもみんなでやりたいことがあると言い出したのがきっかけ。
「この旅行の目的を考えれば、悪いことではないでしょう」
飛鳥が熱烈に俺たちを誘ったのは演劇会の開催。何か1つのことをみんなでやる過程でお互いを理解し合う、という名目。そう。この旅行の目的は、俺にとっては9人の中から1人を選ぶことにある。
誰を選ぶべきかを、まさか触り心地で決めるわけにもいかない。ましてやラッキースケベの発生件数というのもダメ。もっと内面をお互いに理解して選択するべきだ。それには共同作業が1番手っ取り早い。
「そーねぇーっ。お母さんは、いいと思うなぁーっ」
これを鶴の一声と言い、お母さんが賛成したのでは、誰も反対できない。
「実は私、いくつかシナリオを書いたの」
「じゃあ、みんなでそれを読もう」
シナリオは船内にある。俺たちは沖に泊めてある船に戻った。そのとき、俺たちは気絶してテントの中にいる2人をすっかり忘れていた。
シナリオは全部で3本。
「なになに『カメラを片手に異世界で撮影無双』。面白そう!」
「清くん、ありがとう。これは力作なのよ」
カメラを片手にというのが俺自信のようで親近感を覚えた。そのあらすじは、カメラマン志望の少年がひょんなことから異世界へ転移してしまい、写真を撮りながら嫁を取るという、荒唐無稽なものだった。
葵からは否定的な意見もあった。
「異世界ものは衣装や音響が難しいんじゃないかな」
たしかに、素人が手を出していいものではないのかもしれない。
気を取り直して別のシナリオを読んだ。
「この『カメラを片手に学園で撮影無双』。なかなかだよ」
カメラマン志望の少年がちょっとした事情で入学した学園で、写真を撮りながら嫁を取るという、どこかで聞いたことのあるストーリーだ。悪くない。カメラを片手にってのがノスタルジックじゃないか。
賛否両論、くっきりと分かれた。
「学園ものは人気あるからね。私たちにとっても等身大でいいんじゃない」
「オレは反対だな。衣装が制服だけではパッとしないんじゃないか」
そうなると、もう1本のシナリオに期待がかかる。俺は乗り気じゃない。
「ここは『カメラを片手にラッキースケベで撮影無双』にしましょう」
「そうね。それが1番いいわね」
「しっくりくるっていうか、それしかないって感じかしら」
はなしの流れは言うまでもない。けど、舞台の上でラッキースケベってのが、俺にはどうも納得できない。ラッキースケベはもっと崇高なものだと思う。
「ちょっと待ってくれ。この作品なら、舞台よりも映画の方がよくないか」
俺の一言で、盛り上がっていた9人が顔を見合わせた。
「たしかに、映画の方が準備できたところから撮影できるわ」
「素材さえ集めればAIが編集を手伝ってくれるし」
「音楽も合わせられる」
何も問題はない。そう思ったが、1人だけ首を縦に振らない人がいた。
「お母さん、思うのーっ。誰が撮影するのかしらーって!」
「たしかにそうね」
「これは、考え直さないとなぁ」
「ついうっかり盛り上がってしまった」
いやいやいや。みんな、俺のことを忘れてるのかなぁ。
「撮影なら、俺が……。」
「却下!」
9人がハモった。そんなぁ。みんなは俺に撮影されるのが嫌だったのかなぁ。正直言って、ショックで仕方がない。いや、納得できない。
「どうしてさ。俺の腕を信じてくれないの?」
「そうじゃないのよ、お兄さん」
「清坊には、ほかにするべきことがあんだろう」
「そうよ。清兄はどう考えても主演でしょう!」
そんなの、有馬でも安田でもいいじゃん。俺は自分の特技でこの映画に貢献したいのに。俺はさらに食い下がった。
「だったら、主演とカメラ、両方やるよ」
茶緒と葵が俺を諭す。
「それは清くんに負担がかかりすぎるよ」
「そうね。それはまるで王様の所業。みんなで作った感が薄まるわ」
葵の一言は地味に効いた。たしかに、みんなで作らなければ意味がない。腕組みをして歯をきりきりさせている俺の横からしゃしゃり出てきたのは、小さなカメラマン。俺のときほどではないが、綺麗なハモリだった。
「だったら俺が撮影するよ!」
「却下!」
ここまでなら拓哉くんも持ち堪えられただろう。だがこのあと、麗の具体的な指摘の嵐にさらされて、拓哉くんはかなり序盤でノックアウトしてしまう。
「あんたの場合、目線もらう技術しかないでしょう」
「えっ……。」
「それも、中途半端だけどね」
「そんな。……。」
俺もみんなも呆気にとられてしまい、止めることさえできなかった。唯一冷静だったのが、お母さん。だからといってお母さんが止めに入るとは限らない。
「大体、お隣さんでなきゃ目線だって配らないわよ」
「……。」
「カメラだけはお高いのを使ってるのに」
「……。」
「技術的にはド下手の中のド下手じゃない!」
「……。」
「大切な映画なのに、しゃしゃり出てくんじゃないわよ!」
「……。」
ようやく止めに入ったお母さん。麗は我に返って恥ずかし気にしている。既に拓哉くんが白目なのに気付いて反省しているのかもしれない。
「麗。お母さん思うのぉーっ!」
「なっ……なによ……。」
「あのね、お隣さんって言うのはぁーっ」
「……。」
「最後に使うべきだったわ」
お母さん曰く。拓哉くんは麗がお隣さんと言った時点で気絶していたらしい。だから、それ以降の指摘については一切聞いていない。言い損というわけだ。
「それからお母さん思うの。撮影は有馬くんにでもまかせればいいって」
こうして、俺たちはこの旅行の記念に映画作りをすることになった。
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