砂浜に戻ってすりすりさせていただいた俺ですが、誰か俺を労ってと言いたい。
上陸初日、日の沈む頃。お母さんの背中に馬乗りしている。もし他に観光客がいれば、このシュールな絵面に唖然とするかもしれない。日焼け止めを全身にくまなくすりすりするためにはこの姿勢が1番なのだからしかたがない。
「清くん、知ってる。お母さん、紫外線には弱いのよーっ」
でしょうね。ここにいるのはお母さん以外は全員16歳未満。お母さんだけが30半ば。この年齢差は大きい。正直、だったら張り合ったりしなきゃいいのにって思う。口に出したりはできないけど。
もう何度も全身くまなく温泉をすりすりしている。背中からお尻、右脚、左脚へとゆっくり丁寧に手を動かす。そして顔を終えたあと、腹這いだったお母さんが仰向けに変わる。どうしたって目があってしまう。
「夕方の紫外線って、そんなに強くないんでしょう」
俺には呆れたようにそう言う以外に、間をもたせる術がない。お母さんもそれが分かっているはずなのに、いつになく語気を強めて言った。
「いけません! 清くん、紫外線を侮っては、いけません!」
語気に比例するように早口でもあった。正直にビビった。
「わっ、分かったよ。しっかりすりすりするから」
「全身くまなくすりすりして頂戴ね」
お母さんの喋り方がゆっくりに戻り、俺は安心さえしてしまった。全身にはおっぱいも含まれるのだから、安心して作業することなんてできないのに。俺は1度大きくため息を吐いたあとで、覚悟を決めた。
「もちのろん」
そして最後の仕上げをした。今朝には6リットルもあった温泉も最後のひと掬いになっていた。多少無理して掌に溜めたからこぼしてしまったがもう用はない。掌に溜まった温泉を谷間へと流し込み、ゆっくり手を動かす。
「清くん、どんどん上手になるんだもの。お母さん、頼もしいわ」
終始笑顔なのが腹立たしい。少しは言い返そうという気になった。
「おかげで新境地を開拓できた」
「新境地って?」
「おっぱいをもめば、人格が分かる! かな」
そんなはずはない。見た目と内面、それから手の感触はそれぞれに違う。かれこれ12時間もこうして全身くまなくすりすりしている。そんな俺が言うんだから間違いはない。間違っているというなら、やってみろと言い返せる。
そう考えてからまた直ぐに逆のことも考えてしまう。
一緒にいる9人は9人とも容姿端麗。俺に対して好意を抱いてくれていて優しい。触ると、気持ちいい。細かな違いはたしかにあるけど、それはどーでもいいくらい幸せ。どれをとっても、誰をとっても幸せだ。
「清くん、すごいわ。お母さんの人格って、どんななの」
「んー、それは……。」
少しは揶揄いたくもなるが、ここは身の安全を優先した。
「……とても優しくって、慈愛に満ちた性格」
「正解。お母さん、清くんへの愛の深さは誰にも負けないと思うのーっ」
起き上がって抱きついてくるお母さん。谷間の温泉が滴る。トップスを脱いでいるのをよもやお忘れではあるまい。掌だけで味わってきたやわらかい感触をお腹でも感じた。新しくて素晴らしい、人を骨抜きにする優しい刺激だ。
結局、誰とも遊ぶことができないまま、日没を迎えようとしていた。砂浜にいながら海水に手を触れたのは、上陸用ボートの上からだけだった。朝の7時前から12時間におよんで俺が手に触れていたのは何か、言うまでもない。
「手がパンパンに腫れちゃったよ」
「情けねーなぁ、清坊!」
麻衣が腰に手を当てながらそう言った。心外極まりない。
1人6分あまり。1度で持続する効果は1時間。つまり1周した瞬間に次の周がはじまるという無限ループ。俺はそれをやり遂げたんだ!
麻衣には12時間にも及ぶ全身くまなくすりすりをやり遂げた俺を労う気持ちは皆無。この腫れの責任の9分の1は麻衣にあることを自覚してもらいたい。
「麻衣さんにはこの偉業が評価できないんですか」
「そうだよ。ありありくんの言う通り。これは偉業だよ」
割って入ってきたのは、有馬と安田。砂浜を平らにしたり、テントを張ったり、浮き輪に空気を入れたりと、それなりに活躍していた。楽しそうにしているのを、俺は誰かの背中の上から何度も横目で見ていた。
やや遅い援助とは思うが、腐れ縁の2人には感謝する。俺は少しでも労ってもらいたい一心だった。それさえ叶えば、文句はないのだ。
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