背中が気持ちよくってしかたがない俺ですが、盗撮ヤローは救えませんでした。

【スマートシティ豆知識12】

 未来都市、スマートシティ。集団で1人にいやねを贈ることを『狩』と呼ぶ。狩によってスコアがマイナスになった者は、終生名誉Fランカーと呼ばれる。彼らには未来はなく、あるのは重労働のみである。


______


 人間界。


 保健室に入り、まりえを下ろした。養護の先生はいない。つまり、俺とまりえの2人きり。考えてみれば俺とまりえが2ショットになることなんて珍しい。生涯はじめてかもしれない。


 さて、どうやって添い寝に持ち込もうか!


 そうじゃない。早く先生にまりえを預けて、盗撮ヤローを捕まえないと。そんなことを考えてると、先生。


「どうしたの? 2人して。ここには元気な子の居場所はありませんよ」


 のんびりとした口調は、男子生徒に人気がある。先月赴任したばかりのかわいらしい先生なんだけど、それは今はいい。


「先生、私は怪我してます。お兄さまは元気ですが付き添いです」

「お兄さま? あぁ、清くんね。元気なら出ていってね」


「おはようございます、先生。相変わらずのびのびとおきれいですね」


 これは習慣であり、俺の持病でもある。麗もまりえも公認。なのに!


「お兄さま。妹の前で先生を口説かないで!」

「そうね、清くん。先生、うれしいけど清くんの気持ちには応えられないから」


 冗談はさておき、俺たちは怪我の具合を先生に観てもらいがてら、起こったことを説明した。そのときに俺はシャッター音らしきを聞いたことをはなした。先生もまりえも不思議がった。


「どうしてシャッター音って分かるの?」

「そうよ。あんなの、小さな音じゃない」


 まりえと先生が言うのは、デジカメのシャッター音のこと。


「俺、撮影が趣味で、フィルムカメラも使うんですよ」


 先生がきょとん顔を俺に見せた。写真に残したいシーンだった。どうやら先生は、フィルムカメラのことを知らないらしい。俺は、先生にフィルムカメラのことを説明した。先生は、信じられないといった感じだった。


「今どき、ネットに繋がれていないカメラなんてあるものなのね」

「愛好家は多いです。麗の作品で入賞したときも、フィルムカメラでした」

「じゃあ、そのシャッター音って、もしかしてキシーッ! ってやつ?」


 まりえがときどき顔を歪ませながらそう言った。俺はこくりと頷いた。でも、フィルムカメラのシャッター音のこと、どうしてまりえが知ってるんだろう。商業誌の撮影には使われていないはずなのに。


「お兄さま! それはまずいわっ! 直ぐにここを出て、麗のところへ行って」

「えっ? どうしてさ」


「お兄さま同様、麗もシャッター音を聞き取れると思うの!」

「なっ、なんだって!」


「麗はお兄さまのモデルしたときのシャッター音が忘れられないって言ってた」

「それはまずい。もし本当に盗撮ヤローがいて、麗がそれに気付いたら……。」


 俺は一目散に駆け出した。




 麗の元に駆け付ける途中、俺はデバイスが熱くなるのを感じた。素早く取り出すと、もう手遅れだってことに気付いた。狩がもうはじまっていた。


 麗やまりえのように、フォロワー数の多い人が狩をはじめたらどうなるか。一般人は簡単にスコアを失ってしまう。それは、火を見るより明らか。それはすなわち、相手の社会的な死を意味する。


 そんなこと、させたくなかった。俺は、盗撮ヤローを追い払って、守ってあげたかった。けど、もう手遅れだった。


 俺が麗と合流したときには、狩はほとんど終わっていた。クラスでまだだったのは有馬と安田と女子独りだけ。有馬と安田は俺の到着を待ってたに過ぎない。


「お兄さま! この有馬、参戦致しますぞ! とくとご覧あれ!」


 見たくはないけど、見てしまった。有馬はデバイスの画面をわざわざ俺に向けながら、その画面をタップした。画面が『YES/NO』を確認してくるのを器用にノールックでYES。画面が暗くなった。俺の目の前も暗くなった。


 俺がこんなに落ち込んでいるのに、みんなは有馬を喝采のうちに包み込んだ。男女関係なく抱き合ったり、ハイタッチしたり、握手したり。大騒ぎだ。


「じゃあ、お次は僕だよっ。えいっ!」


 安田がそれに続き、同じように異常な歓喜の輪に包まれていった。狩は捨て身の行為でもある。いやねを贈った側も無傷じゃない。Sランクになれなくなる。それはとっても悲しいことだ。俺は辛いのを我慢して麗の側へ行き、確認した。


「麗。お前、まさか……。」

「大丈夫よ! 私はしてないから」


「えっ。じゃあ、どうして狩がはじまったんだ?」


 俺の疑問に麗が答えてくれた。盗撮ヤローは俺がいなくなったとみるや、堂々と校庭に侵入し麗を撮影。さすがの麗も逆上し、盗撮姿を撮影し返して、写真付きでSNSに一行の記事を投稿した。それだけ?


「これがその記事よ」


 麗はそう言いながら『まりえがやられた。盗撮ヤロー、許せない!』という記事を見せてくれた。


 この一言に麗とまりえの熱心なフォロワーが動いた。あっという間に盗撮ヤローは身バレし、狩られた。17歳の学生でAランカー。スコアは驚異の8000超え。それがほぼ一瞬で溶けてしまったというんだから、麗の投稿は凄まじい。


「なんで。なんで俺が狩られんだよ……なんで一瞬でやられんだよ……。」

「自業自得! 盗撮なんかするからよ。フィルムカメラに謝れ!」


「お前は一体、何者なんだ?」

「私はれいりん。超絶人気モデルよ」


「恐れ入りましたっ!」


 俺や麗たちのクラスメイトが参戦したときには、既に盗撮ヤローは全スコアを失っていた。それでも彼らが参戦したのは、麗への義理立てというか、麗への服従の意の表明に近い。友達付き合いって、何かと辛いこともあるんだよな。


 俺が気掛かりなのは、盗撮ヤローには妹がいるってこと。しかも俺と同い歳。その子もご両親も狩の対象になった。大きなマイナスにはならなかったみたいだけど、盗撮ヤロー同様、全スコアを失った。一家でFランク。


 盗撮ヤローをとめられなかったのは、本当に残念。けど、幸いにもまりえの怪我は、全治5日の軽傷だった。 

______


 AI界。


 麗ちゃん、おつかれ! 清くんが活躍できなかったのは残念だけど、それは今度に取っておくわ!


____________

ここまでお読みいただきありがとうございます。


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