第13話

 玄関で靴を履いて、外から周って庭に入った。ドアのようなものはなく、白色のアーチが入り口と内部を繋いでいる。そのアーチには蔦が絡まっており、蔦は庭内の色々なものに伝っていた。植木鉢の類には、大抵蔦が絡まっている。その蔦のせいで、鉢の中に何が植えられているのか、分からないものもいくつかあった。


 庭には、円形のテーブルが三つと、それぞれのテーブルに椅子が二脚ずつ置かれている。テーブルも椅子も白く、ざらざらとした質感だった。ココとヴィ、僕とリィルがペアで座り、クレイルが一人で席に着く。テーブルは離れているわけではないので、互いに会話をすることは容易だった。


 庭には、屋根はない。しかし、背の高い観葉植物がいくつもあるせいで、日の光はほとんど遮断されていた。すぐ傍に石で作られた水槽のようなものがあり、中を覗いてみると、大きな魚が泳いでいるのが分かった。


 僕も、リィルも、こうした場所で食事をするのは初めてだった(もっとも、リィルは食事をしないが)。バスケットに入っているパンを取り、その上に、薄くスライスされた干し肉と、チーズを載せて食べる。良質なもので、とても美味しかった。


 ココも、ヴィも、昨日の晩よりは、食事のときはリラックスしているみたいだった。やはり、僕たちとある程度の距離がある方が、彼女たちにとっては良いのかもしれない。


 しかし、そうもいっていられない。特にリィルは、早く二人と馴染まなくてはならない。僕はというと、もう、クレイルとは普通に話せるレベルにはなっていた。当たり前といえば当たり前だ。大人の付き合いだから、ある程度の社交性があれば、関係はすぐに成立する。ただし、大人同士の場合は、それ以上親密な関係になることは少ない。


 昼食をとり終えて、僕とリィルは家の周囲を散策する許可を得た。別に、許可といっても、クレイルが何でも指揮をとっているわけではない。一応、形式上、家の外に出ても良いか、と訊いただけだ。彼女は快く承諾してくれた。


 昨日歩いてきたのとは反対側、つまり家の裏側に周って、その先に進むことにした。そちらには、昨日歩いてきた道は存在しない。完全に草原で、しかし、その先に、反対側と同様に森が広がっているのが見えた。


 草は、それほど背が高くない。だから、あまり苦労しないで僕たちは歩くことができた。


「仕事、どう?」


 暫くの間何も話さなかったが、リィルが唐突に口を開いた。


「うん、少し、慣れたかな」僕は答える。


 僕は、彼女に、手書きで手紙を書くに当たって、万年筆を使う必要があったこと、そして、その使い方を習得するのに多少苦労したことを、抽象化して説明した。リィルは、万年筆を使ったことがないらしく、使ってみたい、と感想を述べた。使っても、なるほど、これが万年筆か、と思うだけだと僕は思ったが、機会があれば、彼女にも何か書いてもらおうか、とも考えた。


「それで、今後は、どんな作戦でいくつもりなの?」


 子どもたちとの親交を深める方策について、僕はリィルに質問した。


「うーん、どうしようかなあ……」案の定、リィルは唸る。「二人とも、人見知りでさ、私のこと、怖いみたいなんだよ」


「それは、知っている。さっき聞いた」


「だから、いっそのこと、もう、怖いキャラクターでいこうかな、と思ったんだけど」


「え?」僕は驚いて、彼女を見る。


「だってさ、怖そうな人が、優しそうにしているのって、余計怖いじゃない? それなら、最初から怖そうにしていて、あとは二人に任せるって感じの方が、いいんじゃないかなと思って……」


「二人に任せるって、何を?」


「遊ぶのを」


「君は、参加しないってこと?」


「そうそう」


「駄目だよ、それじゃあ」僕は言った。「大人にすぐ傍で見られている環境で遊ぶのって、なかなかつらいものだよ。たぶん、監視されているように感じると思う。だから、君も一緒に遊ばないと、いつまで経っても心を開いてくれないよ」


「そんなこと言われてもさあ……」


 僕は歩きながら腕を組む。


「何か、縫いぐるみとか、ないの?」


「いやいや、もう、そんなもので遊ぶ年齢じゃないでしょう、二人とも」


「そうかな……。でも、女の子って、何歳になっても、意外とそういうものが好きな印象なんだけど」


「君、たぶん、一生女心が分からないと思う」


「え、どうして?」


「そういうことを、直接言われるのが、一番辛い」


「君がってこと?」


「うん」


「今は、君の話をしているんじゃない」


「何? 私は女じゃないって言いたいわけ?」そう言って、リィルは僕を睨む。


「違うじゃないか。誰も、そんなことは言っていない」僕は抗議した。「勝手な偏見を言ったと捉えられたのなら、訂正しよう。ただね、男性なら、子どもの頃好きだったものなら、大人になっても大抵好きなものだよ。たとえば、ロボットとか、怪獣とか、ヒーローとか、色々……。だから、女の子も、そんな感じなんじゃないのかな、と思ったんだけど……」


「女の子はね、男の子よりも、大人なんです」


「それ、どういう意味?」僕はリィルを見返す。「全然、意味が分からないんだけど」


 僕の返答を聞いて、リィルは壮大な溜息を吐いた。


「まあ、いいよ……。もう少し、一人で考えてみるから……」


「そんな、深刻な問題じゃないと思うけど」


「深刻だよ……。だって、何も、反応してくれないんだよ? こっちの神経がやられそう……」


「君って、意外と、繊細なんだね」


「意外とって、何? 酷くない?」

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