第25話

 夕食の場でも、ココとヴィはリィルとコミュニケーションをとってくれた。二人の方から話しかけてくることはあまりないが、リィルが何かを尋ねると、大抵の質問には答えてくれた。ただ答えるだけではなく、ごく自然な感じで自分の意見も述べてくれたりする。彼女たちの距離は、今日一日で大分縮まったようだ。


 しかし、僕にはまだ気を許してくれていないみたいで、二人ともなかなか僕の方を見ようとしなかった。話した回数が少ないから当たり前だが、なんとなく、もう少し話せたら良いな、とは思う。他人との関係に積極的な方ではないから、僕にも改善するべきところはあるだろう。


 ココとヴィは、食事が終わるとすぐに自室へと戻った。リィルは風呂に入ると言って、リビングを出ていった。


 部屋には、食器を洗うクレイルと、僕だけが残された。


 食事が終わったタイミングで、洗い物を手伝うとクレイルに申し出たが、彼女はそれを断った。大事な客人を煩わせるわけにはいかない、というのが彼女の主張だった。客人だからといって、何でもやってもらうわけにはいかないと僕も食い下がったが、寛いでもらった方が嬉しいと言って、クレイルは譲らなかった。


 窓際にあるソファに腰をかけて、僕はじっと天井を見つめている。リビングの照明は消えていて、クレイルが立つシンクの辺りだけ明るかった。


 顔を横に向けて、窓の外を見る。空は見えないが、そこに沢山の星が輝いていることは知っている。自室の窓から確かめたからだ。


「ここでの生活には、慣れましたか?」


 僕がぼうっとしていると、洗い物を続けながら、クレイルが尋ねてきた。


「ええ、まあ……」僕は彼女の方を見て答える。「普段自分たちでやっていることを、色々とやってもらっているから、負荷がかからなくて助かります」


「それならよかったわ」クレイルは振り返った。「本当は、お客様をお呼びすることはあまりないから、私もわくわくしているの」


「普段は、訪問者は、あまりいないんですか?」


「ええ、そうね……」クレイルは再び前を向く。「場所が場所ですから、特別な用がない限り誰も来ません」


 暫くの間無言が続く。


 食器が擦れる音が響いた。


「……身体の方は、大丈夫ですか?」


 今尋ねるべきだと思って、僕は質問した。


「ええ……」クレイルは答える。「不自由はしていません。自分では、体調は良いつもりです」


「その病気は、その……、発症してから、どのくらいなんですか?」


「もう、ずっとです。二人が生まれてから、すぐに症状が表れて……。だから、あの子たちには、本当に健康な母親の姿を、一度も見せられなかったことになります」


 僕は頷く。


「でも、それでもよかったと思っているの。二人が生まれる前に病気を患っていたら、あの子たちがどうなっていたのか、分かりませんから……」


 僕は再び顔を上に向ける。


 生物学的な観点からいえば、クレイルは、個体としての役目をすでに全うしたといえる。生物の役目とは、自分の遺伝子を後世に残すことだ。クレイルには二人の子どもがいるから、その遺伝子が今後も存続する可能性は、一人の場合よりも明らかに高い。人間以外の動物では、子どもを産むとすぐに死んでしまう種も多い。そう考えれば、この十二年間、クレイルは立派に親として機能したといって良い。


 ただ……。


 人間には、生物学的な観点からでは説明のできない、欲というものが存在する。


 それは、人によって様々な形を成す。


 自分が産んだ子どもの行く末を、最後まで見届けたいと思うのも、その一つだ。


 あるいは、その反対の立場でも……。


「何か、飲みますか?」


 気がつくと、クレイルが僕の前に立っていた。


 僕は椅子の背に預けていた身体を起こし、彼女の質問に答える。


「じゃあ、お願いします」


「何がいいですか?」


「何でも」僕は言った。「あ、でも、アルコール以外でお願いします」

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