第2章 関節を固定する作業
第6話
風呂に入ることなく、夕食を迎えた。二階の部屋から階段を下りて、リビングに入ると、部屋の奥にあるテーブルに料理が並んでいた。クレイルは、その向こうにあるシンクで調理を行っている。先ほどのドレスにエプロンを身に着けて、華やかな振る舞いで腕を動かしていた。
そして、そのテーブル。
テーブルには、すでに二人の姿があった。全部で六脚置かれた椅子の内、手前の二つに二人は対面して座っている。両者ともまだ幼い顔をした女の子で、一方は背が高く、もう一方は彼女ほどは高くはなかった。
クレイルが作業を中断して、こちらを振り返る。それから、女の子たちの傍に近寄って、僕たちに二人を紹介した。
「娘の、ココと、ヴィです」彼女は言った。
僕とリィルは、立ったまま二人の顔を交互に見る。二人とも、疑わし気な目で、僕たちを見つめていた。
「ご挨拶して」
小さな声で、クレイルが二人に促す。
「……ココです」右手に座る背の高い方の女の子が、先に声を出した。
クレイルは、もう一方に顔を向ける。
「ヴィです……」反対側、左手に座る女の子が、消え入りそうなほど小さな声で言った。
クレイルは、にこにこと笑って、よろしくお願いしますね、と僕たちに伝える。僕とリィルは、一度黙って頷いて、よろしく、と彼女たちに言った。
テーブルを奥の方に進み、僕とリィルも席に着く。僕がココの隣、リィルがヴィの隣になった。二人とも、見知らぬ人間に遭遇して緊張しているのか、何も話さない。クレイルから話は聞いているだろうが、人見知りをするのは仕方がないだろう。
僕もリィルも、子どもの扱いには慣れていない。だから、どんな会話をしたら良いのか分からなくて、何だかよく分からない、無言の状態が数秒間続いた。
「急に、お邪魔しちゃって、ごめんね」
八秒くらい経過したとき、リィルが二人に向けて呟いた。
リィルの隣で、ヴィは硬直している。ココは、リィルにそっと目を向けると、小さな声で、いいよ、と呟いた。
リィルは、反応が返ってきて安心したのか、頬を緩ませた。
そんな彼女の顔を、僕はじっと見つめる。
「何?」
突然真顔に戻って、リィルが僕に尋ねた。
「いや、何も……」僕は顔を背ける。
オーブンから巨大なグラタン皿を取り出して、クレイルがテーブルの傍までやって来た。それをテーブルの中央にある鍋敷きの上に置いて、クレイルも自分の席に着く。彼女の席は僕の隣だった。おそらく、いつもとは違う配置のはずだ。客人と話しやすくするために、家族で僕たちを挟む形にしたのだろう。
特に乾杯をするわけでもなく、クレイルの指示で、僕たちは適当に食事を始めた。ココも、ヴィも、食事は普通にとる。いつもから、性格そのものが、控えめなわけではないみたいだった。
メニューは豊富で、サラダから鶏肉のオーブン焼きまで、多種多様な取り揃えだ。グラタンには、リンゴが使われていて、見るからに特異な味がしそうだった。
食事を始める前に、僕は隣のクレイルに話しかけた。
「あの……、実は、彼女、ちょっと、病気で、普通の料理は食べられないんです」対面のリィルに目配せしながら、僕は話す。「だから、その……、さっき、上で、彼女用の食べ物を与えたので、ええ、こちらの料理は、遠慮させて頂きたくて……。あ、もちろん、僕は頂きます。とても美味しそうですから」
僕がそう言うと、クレイルは笑顔のままリィルの方に顔を向けた。
「そうでしたか。それは、大変失礼なことをしてしまいました。……病気は、大丈夫なの?」
「ええ、平気です」リィルは頷く。「固形物が駄目なんです。あ、あと、調味料が使われていると、おかしくなってしまうので……」
リィルの滅茶苦茶な説明を聞いて、僕は寒気がしたが、クレイルは気にしていないようだったので、安心した。
「そう……。色々と大変ね」
「え、ええ……」
「沢山作って頂いたのに、お伝えするのが遅くなってしまって、申し訳ありません」僕は謝った。
クレイルは僕を見て微笑む。
「いえ、お気になさらず。料理は、とっておけるので、心配は無用です」
「ありがとうございます」
僕はサラダを自分の皿に取り、一先ずそれを食べる。レモンが利いていて、非常に美味しかった。不思議と、僕たちのために、高度な料理を作ってくれたようには思えなかった。クレイルなら、普段から質の高い料理を子どもたちに提供していそうだ。
僕の隣で、ココはチーズを食べている。特に、何を食べなくてはならない、というルールはこの家庭にはないらしい。彼女は、比較的ゆっくりとしたペースでそれを口に入れ、芋虫が這うようなペースで咀嚼していた。
「チーズ、美味しい?」
僕は、とりあえず、思いついたことを彼女に尋ねてみた。
一瞬驚いたような表情をして、ココはこちらを向く。それから、うん、とか細い声を出して、頷いた。
僕もチーズを取り、それを一口食べる。
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