第7話
「お二人とも、普段は、どんなお仕事をされているのですか?」
会話が少ないと判断したのか、クレイルが当たり障りのない質問をしてきた。
「ああ、そうですね……」トングを使ってナポリタンを取りながら、僕は答える。「普段は、やはり、翻訳の仕事が多いですね。日本語から英語、もしくは、その反対の作業がほとんどです。あとは、ほかの言語も扱います。書物そのものではなくて、音声言語の補助材料として、翻訳した文字言語を添えたりする作業も、たまにします」
「では、私のように、手紙の執筆依頼をするのは、稀ですか?」
「ええ……」
「それでは、少しご迷惑だったかもしれませんね」
「いえ、そんな……」フォークでナポリタンを巻き取り、僕は答える。「きちんとした依頼であれば、どんなものでも構いません」
クレイルは、今度はリィルの方を向く。
「貴女は、彼をサポートするのが役目?」
ただ座っているだけのリィルは、何もすることがなくて、手持ち無沙汰だったのか、彼女の質問にすぐに答えた。
「ええ、大体は、そうです」リィルは話す。「でも、依頼の核に触れるようなことは、あまりありません。うーん、ほとんどの場合、私は雑用です。飲み物を買ってきたり、事務処理をしたり、あとは、一緒に寝たりとか……」
僕は、咳込みそうになるのを、なんとか堪えた。
「では、子どもの世話などもして下さる?」
リィルは、少しだけ困ったような顔をしたが、すぐに頷いた。
「ええ、まあ……。あまり、やったことはないので、自信はないですけど……」
「助かります」クレイルは言った。「私も執筆のお手伝いをしたいと思っていましたから、そう……、その間に、子どもたちをどうしようか、考えていたところです」
「私でよければ、やります」
「ありがとう。助かります」
僕がするのは、クレイルが話す言葉を文字に変換する作業なので、その場には、当然クレイル本人も必要になる。つまり、作業は二人で行うことになる。普段ならクレイルが子どもたちの面倒を見ているのだろうが、手が離せないとなると、別の者が彼女たちの世話をしなくてはならない。その役目に、リィルが抜擢された、ということだ(抜擢された、というのは少しおかしいが)。
「ねえ、お母さん」
会話が途絶えると、突然、ココが口を開いた。
「何?」クレイルは彼女に顔を向ける。
「手紙って、何を書くの?」
「うーん、それは、ちょっと秘密なの」クレイルは答えた。「でも、とても大切なものだから……。だから、こうして、お二人をお呼びして、手伝って頂くことにしたのよ」
「そう……」
「彼女が、貴女たちと一緒にいてくれるみたいだから、良い子にしていてね」
「うん……、分かった……」
そう言ったきり、ココはまた話さなくなった。
僕は引き続き食事をする。
クレイルは、あまりものを食べなかった。おそらく、病気と関係しているのだろう。先ほどのリィルに対する言葉も、自分と照らし合わせて述べられたものだと思われる。そう考えると、リィルについて、仕方がないながらも嘘を吐いているのが、少し心苦しかった。
僕の目の前で、リィルは、なんとかヴィとコミュニケーションをとろうとしている。ときどき隣に目を向けて、声をかけるタイミングを伺っているみたいだ。けれど、ヴィは黙々と食事をするだけで、一向に彼女を見ようとしない。リィルは子どもと関わったことがないから、今後苦労するだろう、と僕は思った。もちろん、僕も彼女たちと何らかの関わりは持つだろうから、他人事ではないのだが……。
「お二人は、えっと……、ココさんの方が、お姉さんですか?」
話題が見つからなかったから、現状から推測したことを、僕はクレイルに尋ねた。
「ええ、そうです」彼女はにこにこしながら答える。「ココは、今年で十二歳です。ヴィは今年で八歳」
僕は隣を見る。ココは、僕を見て、軽く頷いた。どうやら、彼女は、それほど人見知りではないようだ。それほど、というのは、ヴィに比べて、という意味だが。
「二人とも、よく育ってくれたわ」クレイルは言った。「ちょっと寡黙だけど、私がそうだったから、きっと、遺伝子を引き継いでしまったのね」
クレイルの言葉を聞いて、ヴィは恐る恐る顔を上げる。心配そうな目つきで周囲の様子を観察した。下ばかり向いていたから、現状がどのようなものか、把握していなかったみたいだ。意外とすぐ近くにリィルがいるのを確認して、ヴィは怯えたような表情をした。僕は、そんな様子が子どもらしくて、ああ、可愛いな、と素直に思った。
クレイルは、二人をきちんと育ててきたようだ。当たり前の話だが、それでも、歳の割に二人は落ち着いていて、はっきりいって賢そうに見えた。母親一人しかいないから、彼女に負担をかけないように、と子どもなりに配慮をした結果かもしれない。この家庭の親と子の関係は、少なくとも僕には、非常に理想的な形に見えた。
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