第4話

 草原をずっと歩き続けていると、突然、前方に明かりが見えてきた。空は大分暗くなっているから、人工的な光が目立って見える。窓から漏れ出す照明の光と、玄関先に設置されたライトの光、その二つが、闇に溶け出すように僕たちを待ち構えていた。


 その邸宅は、草原の中に、鎮座するようにあった。


 僕たちは、そちらに近づいて、玄関よりも少し離れた地点から、家屋全体を眺める。


 家の周囲は木製の柵で囲まれ、玄関の延長線上だけ開いている。玄関の前の地面には石をスライスしたタイルが嵌め込まれていて、その右側に、棒型の照明器具が立てられていた。家そのものは、煉瓦のようなもので構成されている。ただ、詳細な材質は分からない。石のようにも、土のようにも見える。家は二階建てで、天辺に煙突。一階と二階の正面にそれぞれ二つずつ窓があり、今はその内の一つ、一階の左手の窓から明かりが漏れていた。


 柵を通り抜け、僕たちは敷地の中に足を踏み入れる。よく見ると、敷地は右側が左手よりも広くなっていて、上空から見たとき、家に対して垂直な位置に庭が存在するのが分かった。庭というと簡素な感じがするが、どちらかというと、ガーデンといった表現の方が近い。白く塗装された木製のテーブルと椅子があり、洋風な空間がそこに展開されていた。


 玄関の前に立ち、呼び鈴を探す。電子的なチャイムはなく、ドアの傍の壁に紐がぶら下がっていた。それを引くと、室内のベルが鳴り響く仕組みだった。


 僕はそれを引く。


 一回。


 二回。


 一枚板で隔たれた向こう側の空間から、微かにベルの音が伝わってくる。


 室内を誰かが歩く気配が感じられた。


 こちらに近づいてくる。


 ドアがこちら側に開かれ、一人の女性が顔を出した。


「お待ちしていました」優雅な仕草でお辞儀をしながら、女性は言った。「どうぞ、お入り下さい」


 僕とリィルは軽く頭を下げ、彼女に案内されるまま玄関に入る。靴を脱ぎ、室内に入ると、そのまま左手の部屋に案内された。


 そこはリビングで、はっきりいって、とても豪奢な雰囲気だった。窓の傍にソファが置かれた一画があり、奥の方に木製のテーブル、そのさらに奥に食器棚が置かれている。戸棚の隣にシンクがあり、そこがキッチンとして使われているみたいだった。


 天井からは、シャンデリア型の照明がぶら下がっている。テーブルの下には、当然のように絨毯が敷かれており、床には深い色合いの板材が敷き詰められている。壁紙は白で統一されていて潔白だが、どこか深みがあり、非常に落ち着いた空間に見えた。


 先ほどの女性は、シンクでお茶をカップに入れている。僕たちは上着を脱いでソファに座り、荷物を傍に纏めて置いた。


 椅子に座るなり、リィルはキョロキョロと辺りを見渡す。


「あまり、詮索しないようにね」僕は小さな声で言った。「失礼にならないように」


 リィルは僕を見る。


「でも、豪華」


「でも、の意味が分からないけど」


 女性が戻ってきて、ソファの前にある小さなテーブルにカップを置く。カップはソーサーの上に載せられていて、スプーンもついていた。角砂糖が入った小瓶も、カップに伴って運ばれてくる。


 その女性は、僕たちの対面に腰をかけて、笑顔で再び挨拶した。


「ようこそ、お出で下さいました」


 僕も釣られて頭を下げる。リィルは、周囲が気になるようだったが、なんとか前方に顔を向けていた。


 女性はドレスを身に着けている。レース生地だが、上品なもので、品位があった。


「えっと、今回は僕たちをご指名頂いて、ありがとうございます」そう言って、僕は、軽く自己紹介をし、序にリィルも紹介した。「あと、おもてなしも、感謝します」


「私は、クレイルといいます。どうぞ、よろしくお願い致します」


 彼女に勧められて、僕はカップを手に取る。中身は紅茶で、とても良い香りがした。リィルは、ウッドクロック故に飲食ができないので、どうしようか、と少し迷ったが、タイミングを見計らって、僕が彼女の分も飲もうと考えた。


「では……、早速ですが、仕事の方の説明をお願いできますか?」


 カップをソーサーに戻して、僕はクレイルに話を促す。


 しかし、彼女は、少しだけ驚いたような顔をした。


「まあ、熱心な方ですね」そう言って、彼女はすぐに笑顔に戻る。「今日は、お疲れでしょうから、明日からでも結構ですよ。心配なさらなくても、料理や、寝具などは、すべて提供致します。まずは、そちらの方でお寛ぎになられては如何ですか?」


 僕は軽くリィルに目配せする。ここにいる間に、生活はサポートしてくれるようなので、心配する必要はない、という意味のつもりだった。


「ええ、そうですが……。えっと、でも、依頼内容を、簡単に教えて頂けませんか?」


 僕がそう言うと、クレイルは上品に笑った。


「ええ、分かりました」


 彼女はカップを持ち上げ、液体を自分の喉に通す。


 軽く息を吐き出してから、彼女は今回の依頼について説明した。

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