第12話

 僕とクレイルがリビングに入ると、リィルの姿はあったが、ココとヴィの姿が見当たらなかった。事情を尋ねると、十分ほど前に二人で二階に上がったきり、戻ってこないとのことらしい。なかなか戻ってこないから、そろそろ様子を見に行こうと思っていたところだ、とリィルは説明した。


「何をしに、二階に上がったの?」ソファに座っているリィルに近づいて、僕は尋ねた。


「さあ……」


「きっと、少し離れたかっただけだと思います」クレイルが笑顔で言った。「まだ、貴女と一緒にいることに慣れていないのね」


 クレイルが二階に上がり、二人を連れ戻してきた。二人は、自室に込もって、話をしていたようだ。母親に連れ出された二人の少女の表情は、どこか苦し気で、リィルと関わるのを積極的には望んでいないように見えた。


 僕は、このとき、初めてココとヴィという人間を、捉えたような気がした。


 いや、昨日の晩にはすでに顔を合せていたのだから、今さらになって、二人の存在に気づいた、という意味ではない。ただ、それまでは、二人をどこか抽象的なものとして認識していたのだ。クレイルの子どもとか、姉妹とか、そんな捉え方をしていた。二人を一つに纏めて、一人一人の人間として見ていなかった、ということになる。


 ココは、やはりヴィよりも背が高くて、ほっそりとした印象だった。胴体だけでなく、手脚も細くて、それは、彼女の性質を最も良く表しているように見える。顔も髪もすべてが繊細な印象で、彼女のか弱そうな雰囲気は、それらが合わさった結果醸成されているように感じられた。髪はブロンドで、それはクレイルから受け継いだもののようだ。


 一方で、ヴィは、ココよりは細身ではないものの、やはりどこか病弱な雰囲気を漂わせていた。けれど、ココに比べれば、内に秘めた快活さは大きいように見える。昨日はあまり口を開かなかったが、実際に話し始めれば、それなりに活発な一面を見られるような気がする。ココとは対象的に、彼女の髪は短い。しかし、色はこちらも茶色がかっていて、クレイルとココとの共通点はあった。


 ココも、ヴィも、クレイルと同じように、薄い色のドレスを身に纏っている。


 三人が並んだ姿を見て、僕は、彼女たちが、人形の一家のように見えた。


「ごめんなさいね」二人の肩に手を置いて、クレイルが言った。「なんだか、緊張しちゃったみたい」


「え、ええ……、いや、こちらこそ……」リィルがそれに応じる。「私の方も、不慣れなもので……。……二人とも、ごめんね」


 一瞬だけリィルを見て、ヴィは静かに頷く。ココは、きちんとリィルの方を向いていたが、心配そうな顔をしていることに変わりはなかった。


 昼時になったから、クレイルの提案で、外で昼食をとることにした。外というのは、家に隣接する庭のことだ。


 バスケットに入ったパンを持たされて、僕はリィルと一緒に庭に向かった。クレイルは、ほかの食材を用意している。ココとヴィは先に向かっていた。


 廊下を歩きながら、僕はリィルに尋ねる。


「何かあったの?」


 下を向いて歩いていたリィルは、顔を上げて、僕を見た。


「私?」


「あの二人、何だか、君を警戒していたみたいだけど」


「うーん……。やっぱり、私の接し方が駄目なのかな……」


「まあ、子どもは、大人を疑うものだからね、誰であっても……」


「何かさ、こう、上手く、話が噛み合っていない気がするんだよね……」彼女は説明した。「そんなに難しい言葉を使っているわけじゃないんだけど、レスポンスが悪いというか……」


「まさか、レスポンスなんて言葉を、使っているわけじゃないよね?」


「うん、そりゃあ、そうだけど……」


「きっと、話の意味が分からないわけじゃないと思うよ」僕は自分の意見を述べる。「ただ、それ以外の意味があると、詮索しているんじゃないかな。大人って、そういう話し方をするじゃないか。言葉の意味と反対の内容を言っていることだって、よくあるし……」


「初日から、なかなかしんどい……」


「いや、初日だから、しんどいんじゃないの?」


「まあ、そうかもしれないけど……」リィルは肩を落とし、溜息を吐いた。「このままだと、先行きが怪しい……」


 そう言って、リィルは黙る。


 彼女にしては、いつもみたいな楽観性がないな、と僕は思った。子どもという、未知のものを扱っているからかもしれない。普通なら、未知のものでも、既知のものから共通性を見出すことができるから、ある程度の経験を積めば、それなりに上手く扱えるようになるものだ。けれど、子どもは違う。子どもに似ているものには、少なくとも僕は、今まで一度も遭遇したことがない。それくらい、子どもとは不思議な存在だ。不思議でもあるし、魅力的でもある。戻れと言われても、僕はもう二度と子どもには戻れない……。

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