第17話

 後ろに倒れ込み、僕はベッドに横になる。すぐ目の前に上階のベッドの床が見えた。何もする気になれなくて、そのままぼんやりと目を開け続ける。こういうとき、脳はスタンバイ状態になっている。睡眠も、完全に意識を消失させているわけではない。そうなると、人には常に電気が流れていることになる。死んだときに、始めて完全なシャットダウンを経験することになる。


 意識的に思考を停止させようとして、横を向く。目も閉じて、何も考えないようにした。


 暫くそうしていたが、十五分くらい経った頃、誰かが傍に近づいてくる気配があった。


 その気配は、体重を伴って、僕の上に被さってくる。


 目を開けなくても、誰だか分かった。


 状況から判断したのではない。


 もっと根源的で、当たり前な、生物的な判断で、それが分かった。


 リィルだった。


「どうしたの?」


 目を閉じたまま、僕は彼女に尋ねる。


「何でも」彼女は端的に答える。


 沈黙。


 リィルは、あまり重くはない。しかし、圧がかかっている感覚はあった。ベッドの敷布団が下に沈んで、形を変える。ベッドを支える木材が影響を受けて、音を立てた。


 彼女の髪が僕に触れる。


 いつ触れても、作り物とは思えない、しかし、だからこそ作り物のような気がしてしまう、繊細な造形。


 軽く力を込めて、僕はリィルの胴体を抱き締める。


 彼女もそれに応じる。


 すぐ傍に体温。 


 すぐ傍に吐息。


 人の温もりは、いつでも気持ちを落ち着かせる。


「不思議だよね」僕は言った。「僕にも、君にも、母親なんていなかったのに、感傷的になるなんてさ」


 髪が僕の頬を撫で、リィルが頷いたのが分かった。


「これも、彼女が、僕たちに施したプログラムの一つなのかな」


 リィルは首を振る。


「違う、と思いたいの?」


 リィルは、もう一度首を振った。


「そうかもしれないけど、今は、そんなことは、いい」


 僕も頷く。


「うん、そうだね」


 考えようによっては、僕とリィルは兄妹みたいなものだといえる。二人とも、ルルの手によって作られたのだから、血が繋がってはいなくても、家族のようなものだ。そして、その場合、僕たちにとっての母親はルルということになる。ルルは、何でもプログラムした通りに動く、都合の良い子どもたちを作り出したとも考えられるし、捉え方は、きっと僕とリィルの間でも異なる。


 けれど、そうだとしても、僕たちは、たしかに生きているのだ。


 人間の世界には、予定説というものがある。それを信仰する者は、自分には自由などないと考えるだろうし、そうでない者は、自分の自由を求めて行動できる。


 そんなふうに、捉え方次第で世界は姿を変える。


 個人の捉えたものが、その者にとっての世界になる。


 そして、僕の世界には、心を持った自分と、リィルがいる。


 だから、それだけで良い。


 リィルも、そう考えているかもしれない。


 血が繋がっていようが、家族だろうが、どうでも良い。


 ただ、二人でいて、幸せなら、それで……。


 気がつくと、二人とも一眠りしたあとだった。いつの間にか日は落ちていて、室内は真っ暗になっていた。僕は、自分の上に乗るリィルを起こして、自分も起き上がる。時刻はすでに午後六時を迎えていた。あと二時間で夕食になる。


「あああ、よく寝た……」


 馬鹿みたいに盛大な伸びと欠伸をしながら、リィルが呟いた。


「寝心地の良い敷布団で、よかったじゃないか」僕は立ち上がり、部屋の明かりを点ける。


「うんうん、今世紀最高の材質って感じだった」


「へえ」


「商品として売り出したら、世界中で売れそうだよね」


「うん、そうだね」


「じゃあ、売る?」


 僕はリィルを見る。


「君さ、今日は、先に風呂に入ってきたら?」


「私が先でいいの?」


「いや、僕はいいけど……」僕は考える。「あ、でも、もしかすると、ココとヴィが入る時間かもしれない」


「私、下に行って、見てくる」


 僕が頷くと、リィルは部屋から出ていった。

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