第44話
乗車してから五分も経たない内に、リィルは眠ってしまった。頭を僕の肩に預けて、すうすうと寝息を立て始める。彼女の細い髪が僕の頬に触れ、擽ったかったが、僕は我慢した。こんなふうに、誰かに信頼されて身を任せられることが、僕にはまだ慣れていない。ただ、今は、彼女が安心して眠られるように、動かないようにしようと考えた。
正面の窓を見る。
電力を供給する架線が現れては、消えていく。
その繰り返し。
前回の依頼と、今回の依頼に関して、僕は気になっていることがあった。それは、そのどちらとも、何らかの共通性があるように感じられることだ。
その共通性がどんなものかということについては、現段階では上手く説明できない。僕の中にそんな予感が存在しているだけで、具体的にどこが共通しているか述べることは困難を極める。ただ、初めて観た映画でも、前に同じようなものを観たことがあると感じることがあるように、ぼんやりとした既視感のようなものが、二つの間に存在しているような気がする。
一言でいってしまえば、それは、誰かに計画されて、僕たちがその者に操られているような感覚だった。
僕には、その誰かが誰なのか、薄々分かっている。きっとリィルも気づいているだろう。その誰かは、ルルのほかにはいない。先ほど考えた共通点というのも、ルルを起点として生じているように思える。前回の依頼では、ルルの存在がより身近に感じられたが、今回はそうではなかった。ただ、根底の部分に彼女が存在しているのは、疑いようのない事実のように思える。根拠はないが、不思議とそう思える魔力を感じられる。
問題なのは、そのどちらともにルルが関わっている場合、彼女の狙いが何なのかということだ。予言書のメッセージもそうだが、彼女が関わっているのなら、そこには確固とした意味があるはずだ。僕とリィルにそのような行動をとらせることには、きちんと意味があり、理由がある。あるいは、そうすることで、彼女に齎される利益がある。考えるべきなのは、まさにそこだ。僕とリィルが行動することで、ルルにどのような影響が及ぼされるのか、できる範囲で考えなくてはならない。
列車は駅に停車する。
人間の交換作業が行われ、列車は再び走り出す。
ウッドクロックを開発したのは、ルルだ。つまり、僕とリィルの行動という具体性を持った事象は、二人のウッドクロックの行動というふうに、抽象化して捉えることができる。そうした場合、ルルはウッドクロックの行動について、何らかのデータをとっていると考えることができる。
仮にそうだとして、それは、何に使うためのデータなのか?
肩にかかっていた圧が軽減されて、リィルが身体を起こす。顔をこちらに向け、彼女は片手で目を擦った。
「おはよう」
僕の言葉を受けて、彼女は大きく欠伸をした。それが挨拶の代わりなのかもしれない。
「どれくらい経った?」
リィルに尋ねられて、僕は腕時計を見る。
「まだ、二十分くらいかな」
「じゃあ、もう一眠りしようかな……」
「いいけど、首を痛めないようにね」
「首を炒めるって、どういうこと?」リィルは首を傾げる。「そんな料理って、ある?」
「はいはい」
「え、何それ。どういう意味?」
「寝るなら、早く寝た方がいい。こうしている間にも、どんどん時間は短くなる」
「やっぱ、もう寝ない。君と話していた方が、楽しい」
「そう言ってもらえるのは嬉しいけど、君に言われると、本心じゃないように聞こえるから、面白いね」
「面倒な女だって、思っているんでしょう?」
「ちょっと違う」
「ちょっとって何、ちょっとって」
そのまま、僕はリィルと他愛のない話をして過ごした。動く歩道の上に、空飛ぶ絨毯を載せたらどうなるのか、と僕が尋ねたところ、歩道の上は空ではないので、絨毯は飛ばない、とリィルは答えた。なかなか的確な指摘だったので、僕は拍手を贈呈した。
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