第43話
残されたサンドウィッチを食べて、僕は食事を終えた。横を向いて窓の外を見る。この辺りは、あまり人気が多くない。少ないわけではないが、混んでいるという印象は受けない。長い間日付けを意識しない生活を送っていたから、曜日の感覚を忘れていたが、今日は休日だった。休日がこの程度の密度であれば、平日はもっと少ないだろう。平和な感じがして、移住するなら、こんな街が良いな、と僕はなんとなく思った。
「ああ、でも、いい経験になったよね、本当に」
リィルの声が聞こえたので、僕は顔を正面に戻す。
「何が?」
「あの三人と、過ごした一週間が」
僕は頷く。
「ココのことは可愛そうだけど……。うん、なんか、私、元気が出てきたよ。こんなこと言ったら不謹慎かもしれないけど、彼女の分まで楽しもうとか、彼女があんなに一生懸命生きているんだから、私も頑張らないととか、そんなふうに思えるようになった」
「それなら、よかったよ」僕は話す。「うん、僕も、前向きに捉えようとは思う」
「また、ヴィには、会えるといいな」
「何年後かに、会いに行けるといいね」
「そのとき、私達が、見窄らしくなっていないといいけどね」リィルは言った。「全然儲からなくて、今度は、ヴィに世話をされるようなことがないといいけど……」
「そういうことは、言わないでほしい」
「え、どうして?」
「なんか、君に言われると、本当にそんなことになるような気がする」
「じゃあ、もっと言ってあげようか?」
「やめよう、本当に。洒落にならないから……」
「もう、すでに洒落みたいな人生を送っているけどね」
「失礼だよ」
「うん、知っている」
喫茶店を出て、広場を南の方向に進む。暫く行くと、簡易な桟橋がある港に到着した。港といえるほどの規模ではないが、この一帯では唯一の出港場所だから、一応そういう扱いになっている。チケットを購入して、堤防に腰かけて船が来るのを待った。船に乗る時間は電車に乗る時間に比べれば長くない。迂回をすれば、当然余計な労力を使うことになる。急がば回れという諺があるが、急がなくても良いから、労力を最小限に抑えられる道程が一番良いというのが、僕の基本的な考え方だった(この一連の記述に、深い意味を求めてはいけない)。
船を待っている間に、僕は友人にメッセージを送った。その友人というのが、今回の依頼を僕たちに紹介した仲介人だ。
今回の依頼内容について、友人には本当のことを伝えるつもりだった。メッセージで送信したら履歴が残ってしまうから、もちろん口頭で伝える。メッセージには、今回の依頼が無事に達成されたこと、そして、それによる報酬の要求について、簡単に纏めて記した。こんなことをいちいちする意味が分からないが、しなくてはならないことになっているので、仕方がない。
間もなく船がやって来て、僕たちはそれに乗り込んだ。船といっても、小さなもので、せいぜい十数人が乗れる程度だ。室内の座席も空いていたが、風に当たりたかったので、僕とリィルは外気に触れる船体に立った。軽快なモーター音とともに、船は桟橋から離れていく。
真っ白な街の向こうに巨大な森が見えた。クレイルたちの家はその先だ。
船のゆったりとした速度に合わせて、森が遠ざかっていく。
僕も、リィルも、無言のまま、ずっと遠くの方を眺めていた。
やがて、森は街の影に隠れて、完全に見えなくなる。
僕たちの小旅行は、終わりを迎えた。
船の進行方向に対して、右側には海が、左側には街並みが、ずっと広がっている。太陽は西に傾き、夕焼けとはいかないまでも、午後の哀愁感漂う空気が海洋の上に浮かんでいた。乗船している客は、僕たちを含めて誰も口を利かない。船の走行音に掻き消されてしまうから、あえて口を開かないようにしているのか、海の表面を滑る不思議な光景を味わおうとしているのか、分からなかった。
僕の左手が、温かい何かに握られる。隣を見ると、リィルが僕の掌に触れていた。僕は少し力を強めて、彼女の手を握り返す。特に意味のない接触だったが、それは極めて自然な行為で、温かった。
三十分ほどで目的地に着き、船はスピードを落として桟橋に停留する。この船は、この短い距離を繋ぐためだけのもので、僕たちが降りれば、今度はこちら側から乗船した客を連れて、もと来た街へと戻っていく。
桟橋に降り立って、僕とリィルは街の中を進んだ。まだ自分たちの住む街に帰ってきたわけではないが、それと似たような雰囲気がこの辺りにも漂っていた。
船着き場のすぐ傍にある駅に向かい、そこで列車が来るのを待つ。ここは、どちらかというと田舎だ。船着き場と駅はアーケードを構えた商店街で繋がれていて、その商店街は今はあまり混み合っていなかった。
列車がやって来て、僕たちはそれに乗り込む。車内は空いていて、並んで席に座ることができた。
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