第10話



 翌朝、僕は六時頃に目を覚ました。朝食は七時からだから、時間には余裕がある。窓の外はまだ暗かったが、夜の気配はすでに消えていた。着替えて、再びベッドに腰を下ろす。洋服は、今回はあまり多くは持ってこなかった。前回の依頼のときに、荷物が多くて苦労したので、全体的な量を見直したのだ。


 三十分くらい経った頃、リィルも目を覚ました。


「落ちなくて、よかった」


 それが、彼女の寝起きの第一声だった。


 七時前にリビングに向かうと、すでにクレイルの姿があった。ココも、ヴィも、大人しくテーブルに着いている。三人とも、僕たちが借りているのとは反対側の部屋、つまり左手の個室で眠っているみたいだが、起床した気配は、僕には察知できなかった。僕が目覚めるもっと前に、三人とも起きていたのかもしれない、と僕はぼんやりと考える。


 朝食は、夕食よりはボリュームが少なかった。僕は、あまり食べない方なので、助かった。別に、食べられないのなら、無理して食べなければ良い話だが、せっかく作ってもらったのに食べないというのは、なんだか申し訳ない。僕がそういう態度を見せたら、少なくともリィルは腹を立てる。


 朝食をとりながら、クレイルが、子どもたち二人に、今日から始まる作業の大まかな流れを説明した。自分は僕と作業をするので、その間、リィルと遊んでいてほしい、という趣旨の内容だ。ココも、ヴィも、特に反対はしなかった。ただ、ヴィだけは、少し寂しそうな顔でクレイルを見ていた。


「どれくらいで終わるの?」


 スープを飲みながら、ココが質問する。


「上手くいけば、五日くらいで終わるかしら」クレイルは答えた。


「そうしたら、また、お母さんと一緒にいられる?」


「ええ、そうね……。少しの間だけだから、待っていてね」


 ココは頷いた。


 朝食のあと、僕とリィルは少し外に出た。ココが食器を洗っている間、クレイルは洗濯物を纏めていた。洗濯といっても、手洗いということはなく、ここでも機械が活躍している。衣類をある程度整えて洗濯機に入れるだけなので、そう時間はかかりそうになかった。


 外は快晴だった。


 ただ、まだ肌寒い。


 動物の気配は、外には一切なかった。


「なんか、不思議な感じだよね、ここ」リィルが話した。「すぐ傍に自然があるのに、隔離されているみたいで……」


「三人で暮らすには、安全で、いいのかもしれない」


「君は、こういう場所だったら、住みたいと思う?」


 僕はリィルを見る。


「ま、悪くはないね」


「もっといい場所があるかもしれないって、思っている?」


「それは、もちろん」僕は頷いた。「あるかもしれないとは、思うよ。あると、確信してはいないけど」


「いつか、引っ越す?」


「さあ、どうかな……。僕は、それなりに、あの街が好きだし……。引っ越すんじゃなくて、別荘みたいなものが建てられたら、いいかもね」


「お金、かかりそう」


「なんでもそうじゃないか。結局、生きていくためには、お金が必要なんだ」


 背後でドアが開いて、クレイルが顔を出した。お待たせしました、と言って、彼女は僕たちを招く。


「では、そのお金を稼ぐために、一仕事始めよう」


 僕がそう言って歩き出すと、リィルも頷いた。


 僕とクレイルは、リビングには戻らずに、右手に進んで応接室に入った。リィルは、リビングに入り、そこでココとヴィと合流するらしい。


 応接室も、リビングに匹敵するくらい立派なものだった。中央に大きなデスクがあり、それを取り囲むように四辺に革張りの椅子が配置されている。入口側の壁には書棚が置かれており、反対側の壁は、ほとんどが硝子張りになっていて、向こう側の庭に繋がっていた。


 天井には、リビングと同様に、シャンデリア型の照明が吊るされている。それほど大きなものではなく、この景観を適度に装飾する程度に収まっている。


「では、始めましょうか」


 僕は、そう言って、先に座っていたクレイルの対面に腰かけた。


「ええ、よろしくお願い致します」彼女は笑顔で言った。「あの子たちのためにも」

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