Next to Her Last Message
羽上帆樽
第1章 ペンを持つ作業
第1話
列車を乗り継ぎ、船に揺られ、僕たちは鬱蒼とした森の中を歩いていた。左右に見えるのは、木、木、木、そして、ときどき小川。空気は澄んでいて、どちらかというと少し涼しい。すでに冬は終わり、春へと近づいているが、それでも、都会から離れたこの辺りは、まだ冷たい空気を纏ったままだった。
道は舗装されていない。水気を帯びた土の表面が、ずっと真っ直ぐ続いている。誰かが歩いた形跡はなかった。暫くの間、誰もこの先に進んでいないのかもしれない。そう考えると、これから向かう場所が未開の土地のようで、僕は多少なりともわくわくした。
「何、そわそわしているの?」
そんな僕の気配を察知したのか、隣を歩く少女が、僕に声をかけてきた。
「僕?」
「ほかに誰かいる?」
僕は周囲を見渡す。
「もしかしたら、野兎とか、いるかもしれないって思ったんだけど……」
「馬鹿じゃないの?」
「何? 馬鹿?」
「で、どうして、そんなにそわそわしているの?」
「うーん、どうしてだろう……」僕は歩きながら腕を組む。「君と、二人で歩いているというシチュエーションに、恋をしてしまったのかもしれない」
僕がそう言うと、少女は腕を伸ばして、僕の頭を軽く小突いた。
歩き始めてもう一時間ほど経過している。しかし、涼しい気候のお陰で、僕も彼女もあまり疲れていなかった。もっとも、彼女は普段から疲れる方ではない。まったく疲れないわけではなく、あくまで運動能力に長けているという意味だ。事務作業とか、頭を使うことをすると、彼女はすぐにオーバーヒートする。一方で、僕は彼女とは反対の性質を帯びている。運動能力には長けていないが、事務作業には慣れていた。
そんなふうに、性質の異なる僕たちだが、僕も、彼女も、人間ではない。
ウッドクロックと呼ばれる人工生命体らしい。
らしい、と伝聞を用いて表現したのは、つい先日まで、僕はそんな事実を知らなかったからだ。
まあ、今はそんなことはどうでも良いのだが……。
「こんな所にある家ってさ、どんな感じなんだろうね」僕の隣で少女が言った。「きっと、メルヘンチックで、ファンタジックで、エキセントリックなんだろうなあ」
「片仮名語を使いすぎるのはよくないって、どこかの偉い人が言っていたよ」
「誰、それ」
「いや、知らないけど」
「あああ、私も、こんな所で暮らせたらなあ……。……きっと、落ち着いていて、毎日が楽しいんだろうねえ……」
「ちょっと、妄想が激しすぎるんじゃないかな」
「動物も、いるんだよね」
「うん、人間も、動物だから」
「いいなあ、そういう感じ……」
「あ、人間に囲まれて暮らすのが?」
「兎よりも、チンパンジーの方が好きだけどね……」
会話が成立していないと判断して、僕は一時的に口を噤んだ。
今回の依頼は、この地にあるとある邸宅の住人からのものだった。僕たちは、友人が経営する企業を通して、その依頼を受諾するに至った。彼の職業は、いわば便利屋で、依頼された内容をほかの事業者に紹介する仕事も受け持っている。
ここは、僕たちが住む街からそう離れてはいない。ただ、森の奥に位置しているため、直線的に来ることができなかった。だから、必然的に迂回する必要が生じてしまい、それ故に列車や船を利用する必要があったのだ。自家用機でも持っていれば、もっと早く来ることもできただろうが、僕にそんな経済力はなかった。
今回の仕事の内容は、これから向かう邸宅で、手紙を書く、というものだった。字面にすると如何にも簡単な感じがするが、これが少々事情が込み入っているらしい。そもそも、手紙を書くくらいなら他者に依頼をする必要はない。自分で書けば良いわけだし、それができないということは、何か特殊な事情があるということになる。僕たちも、それについて詳細は知らされていなかった。
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