第15話

 僕が確認したところ、予言書の内、文字が記されているページは、全体の半分程度しかなかった。つまり、残りの半分には何も記されていなかった。真っ白なページが半分も続いているというのは、書物としては奇怪極まりない。無駄なページを付加するようなことは、普通しない。本は、内容に応じてその厚さを変えるものだからだ。そうすると、一見無駄に見えるそれらのページ群が、実は無駄ではないと考えるのが妥当になる。その場合、ざっと考えて、二つの可能性が考えられる。


「一つは、その何も書かれていないページの存在そのものが、何らかのメッセージになっている、という可能性だね」僕は説明した。「何も記さないことが、却って意味になる。クイズに使われる典型的な手法と同じだ」


 リィルは頷く。


「そして、もう一つは、何も書かれていないように見えるけど、実は、何かが書かれている、という可能性」


 リィルは眉を寄せ、少し首を傾ける。


「何も書かれていないのに、何かが書かれているって、どういうこと?」


「うん、つまり……」僕は脚を組む。「印字以外の方法で、本に細工が施されている、ということだよ。その紙には、通常の状態では目に見えない、何らかのメッセージが記されているんだ。感熱紙とか、よくある手法だけど、さすがにそんな簡単なものではないと思う。これは僕の勝手な想像だけど、電子的な何かなんじゃないかな。磁気を使うとか、まあ、そんな低レベルのものではないだろうけど、何らかの、そういう方法」


「それって、もう、試してみた?」


「いや、残念ながら、何も試していない」僕は言った。「ああ、でも、感熱紙ではないことは、確認した。触れば分かるから……」


 僕とリィルが出会った原因には、ルルという存在がある。だから、この種の話題になると、僕もリィルもなんとなくシリアスな雰囲気になってしまう。そこに明確な理由はない。ただ、生きているとは、そういうことなのだ、といった抽象的な感慨を抱く。


 僕が伝えることは、それ以上なかった。リィルも、特に言いたいことはなさそうだった。


 道なき道を戻り、クレイルの邸宅の敷地に入った。太陽は傾き始めている。腕時計の針は午後三時を示していた。毎日合せているわけではないので、正確な時刻かは分からない。


 僕は、リビングに入って、お茶を一杯貰った。リィルは先に自室に戻った。


 リビングでは、ココとヴィが、テーブルで勉強をしていた。キーボードを伴った個人用の端末を使って、何やら作業を行っている。二人は、僕が部屋に入ってきたのを認識すると、一度だけこちらを確認して、すぐに手もとに視線を戻した。どうやら、良い印象は抱かれていないらしい。


「何を勉強しているの?」


 クレイルからお茶の入ったカップを受け取って、僕はココに尋ねた。


 ココは、一度小さく肩を震わせて、顔を上げる。


 目が合った。


「えっと、図形描写です」


 僕は端末の画面を覗き込み、内容を確認する。たしかに、奇妙な図形が仮想紙に沢山記されている。


「君は?」


 今度は、ココの対面に座るヴィに質問した。


 彼女は、ココが質問されたタイミングで、すでに顔を上げていた。


「英語」


 呟くように、一言、ヴィは答えた。


 僕たちのやり取りを見ている間、クレイルはずっと笑顔だった。彼女はいつも笑っている。とても上品な笑顔で、場を和ませる力がある、と僕は感じる。


 ココに礼を言って、僕はリビングをあとにした。


 階段を上がって、部屋に入ると、リィルは僕のベッドに寝転がっていた。


「君のスペースは、上じゃなかったかな」僕は指摘する。


「お茶、どうだった?」リィルは僕の指摘を無視した。


 僕はリィルの傍に腰かけ、前を向いたまま答える。


「うん、お茶だった」


「二人は、いた?」


「ああ、うん……。勉強をしていた」


「勉強? 何の?」興味を引かれたのか、リィルは軽く上半身を起こす。


「図形描写と、英語だったかな」


「へえ……。……二人とも、ちゃんと勉強しているんだね」


「そうそう。誰かさんと違って」


 リィルは起き上がり、軽く伸びをする。


「私、ちょっと見てこようかな」


 僕は顔を上げる。


「本当に?」


「うん」


「いいじゃないか。そういう近づき方も、ありだね」


「でしょう?」


「ついでに、分からないところを教えてあげれば、仲よくなれるかも」


 当たり障りのないことを言ったつもりだったが、リィルは眉を顰めて、僕を睨んだ。


「え、何言っているの?」彼女は言った。「私が、教えてもらうに、決まっているじゃん」

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