第7章 宛先に配送する作業

第31話

 夕食の場。


 テーブルの上にある料理を適当に取って、僕はそれを食べる。ここに来て毎日続けてきたことだから、この家の特徴的な食事に、僕はもう大分慣れていた。ここに来て、色々なことを経験してきた気がする。仕事が与えられれば、そのために様々な場所に赴くが、今回のように人様の家にお邪魔することは稀だった。大抵の場合、企業に行くか、あるいはどこにも行かず自分の家で作業をする。クレイル一家の生活ぶりは、僕とリィルのそれとはかなり違っていたから、良い経験をすることができた。


「ねえ、リィル」ヴィが口を開いた。「明日は、何をする?」


 子どもたちは、リィルのことを、リィル、と呼び捨てにするようになった。彼女がそう呼ぶように言ったのか、二人が自然とそう呼ぶようになったのか、僕には分からない。ただ、良い傾向だとは思った。変に敬語を使われるよりも、気を遣われていない感じがして、リィルも良いと感じているだろう(あくまで、僕の推測では)。


「ヴィは?」リィルは首を傾げる。「何がしたい?」


「うーん、私は……。あ、じゃあ、かくれんぼ」ヴィは言った。「この間、やろうって言って、できなかったら、やりたい」


「分かった」


「私も、一緒にやる」パンを口にしていたココが、呟くように告げる。


「いいよ」リィルは笑顔を彼女に向け、頷いた。


 最初は、ヴィの方が、ココよりも大人しいように感じられたが、実際にはその逆だということを、僕は最近になって理解した。人見知りの度合いがヴィの方が大きかっただけで、彼女は基本的に活発だ。ココは、活発ではないわけではないが、歳相応というか、ヴィよりも大人らしい対応をする。姉という立場が、そうした態度に関係しているのかもしれない。


「二人とも、楽しそうで、よかったわ」僕の隣で、クレイルが言った。「あと少しだから、よろしくね」


 クレイルの言葉を受けて、ヴィが少し下を向く。


「そっか……。もう、リィル、いなくなっちゃうんだね……」


「また、きっと、会えるよ」リィルは応える。「それよりも、あと二日楽しむことを考えないと」


 ヴィは小さく頷いた。


 左隣に座るココを、僕は目だけを動かしてそっと見る。彼女はいつも僕の隣に座っていたが、彼女を意識したことはあまりなかった。意識する、というのは言い方がおかしいが、隣に座る存在を、気にかけたことがほとんどなかった、という意味だ。


 ココは、大抵、あまりご飯を食べない。今もパンを一つ手に取って、それを千切りながら少しずつ口に運んでいる。これしか食べないか、もう少し何かを食べるくらいで、彼女の食事は終わる。


「それだけで、足りる?」


 良い機会だと思って、僕はココに尋ねた。


 彼女は顔を上げて、無表情で僕を見る。


「うん……」


「何か、取ろうか?」


「ううん」ココは首を振った。「いらない」


 僕の正面では、リィルとヴィが楽しそうに話している。クレイルは、そんな二人の様子を笑顔で眺めている。


「ココ」僕は、そのとき、初めて彼女の名前を口にした。「外で遊ぶのって、辛くない?」


「え?」ココは首を傾げる。「どういうこと?」


「いや、ちょっと気になったから……。リィルって、けっこう活発だろう? それにやんちゃだから、彼女と一緒に遊ぶのって、なかなか疲れるんじゃないかな、と思って……」


「うーん、あまり、辛くはないけど……」ココは答えた。「リィルは、私達のこと、ちゃんと見てくれるから、平気」


「そう? それなら、よかった」


 質問の意図を自分で変えてしまったので、僕はもう一度彼女に質問した。


「じゃあさ、これは、ちょっと、気になったから訊きたいだけなんだけど……」僕は話す。「いつも、二人とも、ドレスみたいな、厚い服を着ているけど、大丈夫?」


「え?」


「いや……。ちょっとした興味でさ。僕って、男だから、そういう服を着たことがなくて……。うーん、そういうのだと、体温の調節とか、難しいんじゃないかと思ってね」


「うん……。外で走り回るのは、大変かも」


「熱くはない?」


「熱い?」ココは再び首を傾げる。「熱くは、ない、かな……」


「寒くは?」


「寒くも、ないよ」


 僕は頷いた。


 食事が終わり、僕はすぐに自分の部屋に戻った。リィルは、今日はヴィと一緒に風呂に入るみたいだった。さすがに三人一緒には入れないので、ココは一人だ。あるいは、クレイルと一緒に入るのかもしれない。仲が良くて、良いな、と僕は素直に感じた。

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