第23話

 ちょうど良い時間だったから、昼食をとることになった。昨日のように庭に赴くことはせず、今日は朝と同じようにリビングで食べた。


 昼食の場では、ココとヴィはいつにも増して快活だった。いや、平均以上に快活な印象は受けないが、いつもに比べれば元気があった。外で遊んだ様子をクレイルに説明し、何が楽しかったのか、それぞれ感想を述べた。食事をしながら僕は二人の話を聞いていた。


 どうやら、リィルは二人と打ち解けることができたようだ。完全ではないにせよ、少しずつ前進しているのは確かだろう。特に、落ちそうになったのを助けるというのは、信頼関係を築くのにプラスに作用した可能性が高い。そうしたアクシデントは起きないに超したことはないが、実際に危険な状況に遭遇し、それをリィルが解決したとなれば、好感度が上がる要因になったのは間違いない。


 昼食をとり終えると、僕とクレイルは再び応接室に向かった。ココとヴィは室内で勉強をするらしい。もちろん、その場にはリィルが付き添うことになる。


「なかなか、上手くいっているみたいじゃないか」仕事を始める前に、僕はリィルに言った。


「うん、まあね」


 リィルの表情は、まだ迷いはあるのだろうが、比較的明るかった。


「子どもたちと仲よくして頂いているみたいで、本当に助かります」応接室に入ったタイミングで、クレイルが僕に言った。「彼女には、怪我を負わせてしまったみたいで、本当に申し訳ありません」


「ええ、いえ……」僕は椅子に座る。


「でも、子どもたちも心を開いてくれたようで、よかったわ」


「お二人は、よく、外で遊ばれるのですか?」気になったので僕は尋ねた。


「もう少し小さかった頃は、私と一緒に遊びに行きましたけど、最近はあまり……」


「静かで、いい環境ですからね」


「ええ、そうね」クレイルは頷く。「でも、本当は、もう少しほかの場所にも連れて行きたかったと思っています」


 午前中の成果は羊皮紙三枚だったので、午後は二枚を完成させることを目標にした。クレイルにはまだ伝えたいことのストックが沢山あるようで、途中で考え込むようなことはなかった。


 母親がこんな状態だから、ココもヴィも、一緒に外で遊んでくれるリィルが嬉しかったのかもしれない。僕も、子どもの頃は、今よりは家の外に出ることが多かった。夏に虫捕りをしたこともあるし、冬に雪達磨を作ったこともある。けれど、僕は一人で遊ぶことがほとんどで、僕の傍に友人がいることは稀だった。だから、姉妹という関係は多少なりとも憧れる。遊ぶことだけではなく、勉強や食事など、生活そのものを一緒に経験できる者が傍にいるというのは、それだけで心強い。もちろん、一人の方が良い面もある。ただ、僕にはココとヴィのような関係が羨ましく感じられた。


 午後四時を迎えたタイミングで、今日の仕事を終えた。書き終えた羊皮紙を纏めて、昨日の分と合流させる。片づけをしてクレイルと一緒に応接室を出た。


 リビングに入る前から、三人の話し声が聞こえていた。


 テーブルが置かれた一画で、ココとヴィはリィルと向かい合って座っている。


 適宜説明をしながら、リィルは二人に勉強を教えていた。


 二人も説明を熱心に聞いている。


 僕たちの気配を感じて、リィルが顔を上げた。


 ココとヴィもこちらを振り返る。


 三人が良好に仲を深められているようで、僕は安心した。


 夕飯までの間、僕とリィルは自室で休憩することにした。クレイルから貰ったコーヒーを飲みながら、僕は一人で読書をする。リィルはベッドに上がって、そこで寝転がっていた。


「なんか、思ったより、明るい子たちだった」


 僕が本を読んでいると、リィルが唐突にそんなことを言った。


「へえ、そうなの?」僕は応答する。


「うん……。やっぱり、私のことを知らないから、不安だったみたい。一度一緒に遊び出したら、けっこう、積極的に話してくれたよ。あと、勉強するときも、色々質問してくれたし……」


「よかったじゃないか」


「うん……」


 沈黙。


 開いている窓の隙間から、涼しい風が室内に流れ込む。


 布団のシーツが軽く靡いて音を立て、それからまた無音に戻った。


「そっちは、どう?」


 リィルの問いを受けて、僕は考える。


「うん、まあ、順調かな」僕は答えた。「クレイルも、色々と考えてくれたみたいで、なかなかいいペアワークができている」


「まだ、二日か……」


「意外と、長く感じるよね」


「うん……。でも、この二日間、慣れるのに大分体力を使った気がする」


 僕も同感だったので、頷いた。


「一週間したら、家に帰るわけだけど、そのとき、名残惜しいといいなあ……」リィルが言った。


「どうして?」


「いや、なんとなく……。それくらい、二人と仲よくなれれば、いいなってこと」


「二人は、いい子だって、クレイルが言っていたよ」僕は言った。「きっと、君のことももう信頼してくれたんじゃないかな」


「そうだといいけど」


「まだ、自信がないの?」


「うーん、どうだろう……」


 二人と接点が少ない分、ココとヴィの人柄について、僕はあまり詳しく知らない。きっと、想像しているよりも、二人は個性的な人間なのだろう。子どもと付き合うのは大変だが、リィルはその難問に短期間で攻略法を見つけたのかもしれない。僕が知らない一面を、リィルもまだ沢山抱えているようだ。

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